(読了日:2019年5月10日)
フレデリック・ネベル「致命傷」
将来有望な若手ボクサーのジェフは、ネズミ面をした小男フィンクにつきまとわれるようになって以来顔色が冴えない。何らかの弱みを握られて日々金銭を巻き上げられている様子。対チャンプ戦の直前、フィンクの差し金で右目にひどいケガを負ってしまったジェフは… ジェフとその恋人キティを心から応援する良き友人として登場するベテラン刑事ライアンがちょこちょこ存在感を出してくるので「この人、何だろうな?」と思っていたら、物語によい味付けをする活躍を見せてくれてうれしい。原題 With Benefit of Law にも納得がいった。
ジョン・D・マクドナルド「マンハッタン大活劇」
とあるボクシング試合の賭けで負けた場合に必要な当座の金を工面するため計算に計算を重ねて両方の選手に賭けたスタンヴィッチ。どちらが勝ったとしても全く損しない賭け方のコツを掴んだ彼は大きく稼いでは派手に遊ぶ生活を続けていたのだが… オッズなど賭け事の話が全くわからないので細かい計算について書かれた部分ではひどく退屈するハメに。自分より上手でガラの悪い賭博師から目をつけられたスタンヴィッチの不幸な顛末は強引で呆気ない印象だが、ギャンブル中毒に陥った人間の心の闇がさり気なく描かれるラストが不気味な味わいを残す。
コーネル・ウールリッチ「前髪の罠」
服毒死したと見られるクラブ歌手ボニータの遺体に化粧を施していた葬儀業者から彼女の額に銃創を発見したとの報告を受けた刑事オールコットは、自ら発行した死亡報告書の誤りを誰にも気付かれないうちに真相を探るべく、まずはボニータの遺体発見現場へ赴き… 捜査線上に浮かび上がったのはボニータの元夫と元恋人。二人の動機も犯行に及ぶ機会も全くの五分五分という難しい状況を打破するためにオールコットが用意した大がかりな舞台とは。過ちを隠蔽しようとする悪徳刑事の話かと読み始めに予想したら大間違い。まだまだ修行が足りない自称研究生なのでした。
フランク・グルーバー「指」
トミーの恋人エセルは別の男コクリンの元へ去り、以前トミーが贈った指輪を小包で送り返してきた。しかしエセルはコクリンの前からも姿を消して行方不明に。しばらくすると今度はシガレットケースが遠方からトミーの所に届き... トミーのルームメイトが探偵役を担当。ルームメイトのヘンリーによる犯人のアリバイ崩しがポイントとなる至極あっさりした短いミステリ。最後まで読んでみると、そんな早くからわかっていたならもっと何かできたでしょうに… と言いたくなるほど警察がのんびりしていて、じれったさだけが残った。簡潔な邦題が潔くネタバレしていて惜しい。
チャールズ・M・グリーン「毒蛇の部屋」
自宅に専用の小部屋を用意するほど毒蛇や毒蜘蛛を愛して止まない冷酷な性格の夫ウォルターとの生活に嫌気がさしたメイベルは、財産目当てで自分と結婚した彼に 1 セントのお金も渡らないよう遺言を書き変えてから離婚を申し出るのだが… ヘビルーム怖い。一文にもならないとわかっている相手を殺すようなことはしないだろうと踏んでいたメイベルだったが、狡猾なウォルターは彼女の遺言を無効にする別の方法をすぐに思い付き… 家庭内で人知れず行われる犯罪を描いた短編の緊張感は好みだけど、これは異様なほど聴覚に訴えてくる怖さがあって異色な出来。蛇や蜘蛛が立てる音や密室に充満した湿った匂いなどが本から出てきそうな感じがして、著者 (チャールズ・M・グリーンは E・S・ガードナーの別名) の描写力を思い知った一編。こういう生き物がひどく苦手な人は本当に怖いと思う。
マックス・ブランド「ブルドッグ刑事」
刑事課を追い出されて以来すべてが面白くないムーニー巡査は終始居丈高な態度で信号無視をした高級車の男に違反切符を切った。その直後に制服のままバーで一杯やっているところを運悪くハーリーに見咎められ「公安委員長に報告する」と言われてしまい… 自らの激情に屈して運命の階段を踏み外してしまったムーニー巡査がギリギリのところで警官としての地位にしがみつき、あわよくばそこからの大逆転を狙おうとする。一時は正義まで捨てた男が貪欲にもがく姿を、どこかユーモラスにカラッとした筆致で描いた短編。ムーニーの図太さはまさにブルドッグ。
ルイス・ラムーア「死人から盗め」
某ナイトクラブの金庫から大金が盗まれた事件の現場に残された証拠は金庫破りの常習犯スロンスキーが犯人だということを示していたが殺人課の刑事レイガンだけは騙されなかった。なぜならスロンスキーは前の週に死亡しており、犯罪など起こしえなかったからだ。地道に足を使って捜査するレイガン刑事の古くさい感じが気に入った。次期警部の座を巡る競争意識や組織間の風通しの悪さなど警察内部の雰囲気もよく伝わってきて楽しめるが、各登場人物の特徴が外見・内面ともに薄くて個性が立っておらず、物語全体が地味に思われるのが少々残念なことでした。
ユージーン・カニンガム「通りすがりの町」
主人公カークの友人カウチが働いている牧場の主テイトが大金を運んでいるところを強盗に襲われて大ケガを負った事件の背後には町で幅を利かすフィルダーなる大物の存在があった。指名手配犯であるカークが目をつけたのはフィルダーの手下ウィットで… 登場人物の名前が全然頭に入らず、何度も何度もメモを見ながら苦労しながら読んだ思い出しか蘇ってこない短編。カークの正体が明かされる場面でも特にアッという驚きはなかった。元々古き良きアメリカ西部を舞台にした話は文化的にどうにも苦手。今回またその意識を新たにして渋々と読了した。
ブルノー ・フィッシャー「ニューヨークの殺人」
恋人イザベルが別の男と逢い引きしていたことを知り彼女の住むアパートで大ゲンカとなったジョンはすぐに車で帰路に着くが、同日夜に彼女が刺殺体となって発見されたことで警察に逮捕されてしまい… 誰もが他人に無関心な大都会ならではの出来事。ガーソンが衆人環視の中でエンストを起こして一時的に街を混乱させたにもかかわらず… という背景がいかにもビッグ・アップルらしくて面白い。ショートショートに近い簡潔な仕上がりだが、全体にしっかりとNYの都会的でドライな雰囲気が漂っており、洗練された印象を受けた。文章もあっさり系で好き。
ピーター・ペイジ「ヒトラーを撃った夜」
英国空軍のホーキンズとマクグラスは爆撃機をNYまで輸送した後、社交界の女性らとともにバーやクラブで楽しいひと時を過ごすが、最後の店を出てホテルへ戻る車に乗り込むまでの間にマクグラスの姿が消えて… スパイ小説ならではの二転三転を楽しむ力作。二段組み単行本で30ページ程度の長さで、時間軸が前後する構成のせいか、もっと長い小説を読んだ時のような手応えがある。頭に自然と映像が浮かんでくる派手な場面がいくつかあり、二時間ドラマでも見たような感覚になった。タイトルの「ヒトラー」はそういう意味か… と拍子抜け。スパイはつらいよ。
スティーヴ・フィッシャー「間違えられた女」
白人女性に対する出国命令が発せられた上海の街で途方に暮れる亡命ロシア人アンナは、陸軍将校夫人リタを殺害し、彼女の身分を利用して上海脱出を試みる。リタになりすますために彼女の持ち物を調べるうち、アンナは彼女の意外な正体を知ってしまい… 美貌を武器として強かに生きるしか術がなかったアンナが自ら飛び込んでしまった過酷な運命と、もしアンナがあることにもっと早く気付いていたら選択できたかもしれないもう一つの全く異なる運命の隔たりの何と切ないことか! こういう味わいのショートショートは大好物。久しぶりに興奮してしまった。著者はウールリッチの友人だったそうで、ははーん、たしかに気が合いそうだな、と納得した。
チャールズ・サマーヴィル「もぐら」
妻と子供を結核で亡くした孤独な老下宿人ストランカがある日を境に突然姿を消した事件の真相はあまりにも意外な場所で明らかになった… 絶望の淵から懸命に自分を救い上げようともがきながら生きてきた老人の目に希望の光は差したのだろうか。ほろ苦い結末。