(読了日:2018年10月07日)
ロバート・L・フィッシュ「クランシーと飛込み自殺者」
地下鉄駅で見つかった礫死体の身元はタクシー運転手のケリィと判明するがクランシー警部補は他殺と睨む。彼の自宅を調べると小型カメラや写真引き伸ばし機などが見つかり… 主人公はマックイーンが『ブリット』で演じた刑事と知って大興奮。段落ごとに「◯時◯分」の記載があるため、クランシーがいかに早い段階から犯人の目星をつけていたかがわかり、解決までの流れの勢いを感じることができる。新しい配属先にまだ馴染めずにいる姿など、クランシーが人間味のあるキャラクターとして描かれているところも気に入った。別の短編も読みたい。
コーネル・ウールリッチ 「夜間航路の殺人」
結婚式を終えたばかりの部長刑事ブラッドフォードが新妻と乗り込んだ夜間定期船で殺人事件が発生。殺されたギャングの恋人は絶望して遺書を書いている途中で何者かに刺殺されてしまう。ブラッドフォードは船員と力を合わせて犯人探しに乗り出すが… 刑事としては申し分ない度胸の持ち主でありながら女性の取り扱いはからっきし苦手なブラッドフォード刑事。妻の機嫌もまともにとれないほどの彼の不器用さがユーモアまじりで描かれているのだが、それはウールリッチ自身の生き辛さに対する自虐のようにも思われて、じーんと心に染み入るものがあった。
ネッド・ガイモン「会話」
51個の極短台詞だけで成り立つ超短編ながら、二人の会話主の関係性、徐々に高まる緊張、感情の暴発を見事に描き切っている。ミステリのミニマリズムを追求するとこんな型に辿り着くのかもしれない。実験作、意欲作、異色作… いろんな評価ができると思う。
エドワード・D・ホック「深夜の誘拐」
某社人事部長クレメントのお抱え運転手がガレージ内で熊手を使って刺殺されると同時に娘が行方不明になった事件にレオポルド警部が挑む。FBI 捜査官ムーアがなかなかいい味を出す。さすがレオポルド警部!と思える安定の面白さを楽しめる本格短編ミステリ。ムーアの存在に押されて地味めな活躍だったフレッチャーにはぜひともしっかり反省していただきたい。
ローレンス・トリート「弾丸のB」
犯罪とは無縁な地区にある宝石店で発生した強盗殺人事件を刑事ミッチ・テイラーと鑑識課ジュブ・フリーマンが追う。宝石商の死体から摘出された弾丸は彼自身のリヴォルヴァーが至近距離から発したものだったことに疑問を覚えたジュブが現場で弾道解析を行うと… 自信と誇りを持って裏方役に徹するジュブと、彼の仕事ぶりと成果に敬意を払うミッチの関係に興奮した。おんぶに抱っこの二人組も微笑ましくて嫌いじゃないけれど、彼らのような自立した男同士の静かで確かな友情もまた味があってよい。この二人の活躍を一冊にまとめた短編集が欲しくてたまらない。
ビル・ノックス「マイラ・アン号の座礁」
日曜大工好きなギビーがアパートの部屋の中で組み立てた木製ボートをロープで吊り下げて窓から外の庭へ下ろそうとしたところ、途中で急にロープが捻れて大惨事が発生し… 至極迷惑な珍事件に対応するハメになった二人のパトロール警官の活躍を描く。一風変わった事件の回顧録といった趣で、ミステリの要素は感じられず、全編を通してのほほんとした空気が漂う作品。ガチガチの本格ミステリで疲れた時には、こんなのを読んで脳を緩めるのも悪くはないかも。
スタンリイ・エリン「警官アヴァカディアンの不正」
高級住宅街に住む医師の自宅へ急行するよう指令を受けて現場に到着した二名の巡査は医師の妻から「夫が誘拐された」との話を聞かされるが、その夫は目の前で至って普通の様子をしており… 服務規程至上主義の警官が「大人」になった理由とは。規則がどんな場合にも正しいとは限らない。規則に従わないことが悪であるとは言い切れない。わたしたちが目を背けがちな社会の一面を抉り出してミステリに仕上げるエリンの高い知性を味わえる一編。矛盾した世界の中でしたたかに生きねばならない人間に対する賛歌のようにも思える。
ジョン・ボール「ファイド」
不器用ゆえに人から愛されることを知らなかった野良犬にようやく愛情を与えてくれる人が現れる。その人は一人暮らしの医師で犬を「ファイド」と名付け、往診や見舞いなどにも連れていくようになる。だが、ある日往診先で患者を亡くした医師は自宅にこもりがちになり… かつて文学上の顧問から反対されて出版社へ送ることができず、その後もどうしても忘れられない原稿として大切に保管してあったものを「ファイドのために、五分間を割いてやって下さらんか」とのコメントとともに編者が発表した作品。研究に没頭していく医師の姿が一瞬マッドサイエンティストに見えた。
フランク・シスク「試練の時」
宝飾店から高級時計ばかりを狙って盗み、市価の半額程度で素早く売り捌く手口を繰り返す強盗ドミニク・L・ピアノを追うことになった新米刑事ボールトンを待ち受ける「試験」とは。彼を一人前に育てようとする先輩の部長刑事ラインハートの懐の深さと温かさがよい。
ビル・プロンジーニ「共通点」
外見や環境が似通った三人の主婦が立て続けに殺害される事件が起きた日の夜、自分が犯人だと言う男が刑事課へやってくる。彼が嘘をついている可能性があるため、シェフィールド警部らが慎重に話を聞いていくと。男の淡々とした自白と警部らのやり切れなさの対比。
ジェイムズ・クロス「確率の問題」
強盗と思しき少年が酒屋の店主オーグルヴィーから執拗なまでに銃で撃たれて死亡した事件に違和感を覚えた社会学教授ジョンは、検事補として働く息子フランクに内緒で独自に調査を行う。彼がオーグルヴィーなどの関係者から話を聞いて導き出した答えの是非は…?ついつい息子の仕事に首を突っ込んでは息子の嫁に煙たがられるジョンが微笑ましく、何かというと確率を計算したがる彼のオタクっぽさもまた可愛らしい。一風変わったおじさんなのかなと思いきや、結末で嫁に対して見せる年長者の余裕ある態度がカッコよくて小憎らしい。息子の天真爛漫ぶりには失笑。
ジェラルド・トムリンソン「ゼルの手配書」
タクシー運転手のジムは長距離バスから降りてきた男が見覚えある顔をしていることに気付き、男が乗り込もうとしたタクシーの運転手チャックに頼んで彼を譲ってもらう。男の名はフランク・ゼルと言い… こんな風に警察を支える市民がいたらカッコいい。
S・S・ラファティ「十三丁目の家」
ホテルで給仕として働く女性が路上で殺害される事件が発生。近くを担当する巡査らが怪しい人影を全く見かけなかったことから、フィンリー警部は現場の目の前に建つアパートの住人から調べ始める。そこには三人の独身男性が暮らしており… ミスリードが上手い。フィンリー警部の性格や疑わしい人物の背景までしっかりと描かれており、20ページ弱という長さにしては中身が濃く感じられる一編。推理小説を読んだという確かな手応えがある。フィンリーと某氏の間に友情が芽生えたことを匂わせる結末に「名コンビ誕生?」と胸が躍ったけれど短編集は出ておらず無念。
へレーン・フィップス「吠えるインディアンの犬」
インディアン保留地にある地下礼拝所を調べるため一人で中へ入っていった老教授ビクターが持病の心臓発作を起こして死亡する。薬入れの中のカプセルが全く効かなかったのはなぜか。年の離れた妻の身勝手な動機と何事も人任せな態度にモヤモヤ。
ビル・プロンジーニ & ジェフリー・ウォールマン「見えない男」
詐欺まがいの際どい株取引を繰り返してきたコンサル会社経営のマドックスがホテルの部屋で射殺体となって発見された。その部屋は密室状態であったはずなのに凶器の銃が部屋の窓に面した中庭で見つかるなど、謎が多い事件だったが… 27年もの間、誰からの注目を浴びることもなく事件現場の警護に当たってきた老巡査ギャラガーに花を持たせる一編。誇り高くも慎ましく生きる男の背中に渋い魅力が漂う。密室の謎解きもなかなか凝っていて楽しめる。ついつい部屋の見取り図を書いてしまった。
ジョン・F・スーター「ある迷宮事件」
何事に対しても冷淡な夫ジェークの愛情に飢えていた妻ネリーが行商人のベンと関係に陥るのに大した時間はかからなかった。だが、ある日を境に突然ベンが行方不明となってしまい… 元警察署長だった老人が未解決事件を回想する、文庫本で6頁の超短編。
アル・ナスバウム「ただ一つの規則」
手荷物に仕込まれた爆弾によって8人もの空港職員が犠牲となるテロが発生。とある事情からニューメキシコの閑職にある特別捜査官ペニーが容疑のかかった3名の日本人テロリストを追う。主人公が見せるハードボイルドな解決法と引き際から垣間見える男の美学。
フランシス・M・ネヴィンズ・ジュニア「推理ゲーム」
飛行機で席を隣り合わせた女性ロビンが推理小説好きと知り、過去に自分が担当した小説顔負けの事件の思い出を語る元警官ジャック。自殺に見せかけて某会社社長を殺した犯人が誰か、ロビンは言い当てられるか。いくら何でも犯人がお粗末すぎ。ネヴィンズ Jr の評伝は細かくて好きですが、短編となるとどうも苦手です。理屈っぽいというか回りくどいというか。しかも今回のようなオチではちゃぶ台をひっくり返したくなってしまいます。
キャスリーン・ハーシェイ「静かな住宅地」
美しさを武器に複数の既婚男性と関係を持ち、いろいろな物を貢がせていた人妻ジュリ=ローズが死亡した。それぞれの夫が彼女と浮気していることに気付いていたダイアンら三人は、自分たちが毒を塗っておいた切手シートが死因ではないかと話し合うが… 彼女の死の真相を知るただ一人の人物であるヒックス保安官が選んだ事件の処理方法は道義的に正しいものだったと言えるのかどうか。それを読者に考えさせる意味深な結末に非常に興味を覚えた。別の作品も読みたい。ピンとくる作品の少なかったアンソロジーの最後で印象深い一編出会えて嬉しくなった。