Aira's bookshelf

書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

ロバート・J・ランディージ編『探偵は眠らない (下) アメリカ私立探偵作家クラブ傑作選 (I) 』

(読了日:2021年5月10日)

マイクル・Z・リューイン「探偵をやってみたら」

子供の頃から親しくしてきた伯父から譲り受けた屋敷に住もうと英国へと渡ったフレッドは税金対策として「私設調査所」なる看板を掲げる。とそこへ「妹を不実な夫と離婚させたい」という弁護士グッドリッチが相談にやってきて… とぼけた風情のある文体で、主人公の女友達ドーンやその親類にもまたそれぞれに個性があり、人物像が豊かにプロットを彩っている。軽妙な楽しさがある一方で、妙にカラッとした腹黒さも感じられ、飽きない作り。他の短篇も読んでみたくなった。

ロブ・カントナー「ラット・ライン」

伯父の紹介で「夫が外に女を作ったらしい」と悩む高齢の女性ペギーの依頼を受けた私立探偵パーキンズは早速彼女の夫チャーリーの尾行を始めたのだが、彼の行き先はビリヤード場で、話し相手は若い男性で… 正義、愛国心、人生についてじっと考えさせられる。デトロイト生まれでマスタングをこよなく愛し、銃の扱いが非常に巧く、優しさに満ちた性格のベン・パーキンズ。大好きな田口俊樹さんの訳がソフトボイルドな雰囲気にマッチしていて夢中で読んでしまった。訳者が違うのが若干気がかりながら長編を即注文するほどに気に入った探偵。

マックス・アラン・コリンズ「ストロベリー色の涙」

連続殺人事件の次の被害者は、娘の行方を探って欲しいというジェンセン氏の依頼を受けて私立探偵ヘラーが探していた娘ジンジャーだった。公安局長かつ親友のエリオット・ネスとともに真相を探ると… 犯人との躍動感ある直接対決がスリリング。アル・カポネ逮捕に貢献した人物としてあまりに有名なネスだが、その後の人生は波瀾万丈だったことが後日談として添えられており、映画でもよく知られる華々しい活躍しか知らなかった私にとっては衝撃だった。生々しい死体描写からヘラーとネスによる気心の知れた会話まで、幅広い魅力を感じる作品。

ティーヴン・グリーンリーフ「アイリス」

高速PAで休憩していた私立探偵タナーは知的障害らしき若い女性から「運んで欲しいものがある」と強引に赤ん坊を押し付けられてしまう。辛抱強く彼女を尾行して辿り着いた家でタナーが目にした残酷な現実とは? 何の救いもない悲劇的な結末に胸が痛む。

ジョン・ラッツ「私立不良品」

共同所有別荘をめぐる詐欺を働いたメドラークの行方を追う私立探偵ナジャーは、関係者への聞き込みにより、彼がアルコール依存症のリハビリ施設に入所していることを突き止め、医師から面会の許可を得るのだが… 凡作なれどナジャーの俗っぽさがクスクスと笑えた。ナジャーの名刺 (detective が defective (不良品) と印刷されている) がポイントになるんですが、こういうネタって本当に翻訳者泣かせですよね。直訳した邦題では何が何だかさっぱりわからないですし。

マイクル・コリンズ「八千万の屍」

アッシャーと名乗る男から「深夜0時きっかりにこの書類をザレータという男の元へ届けてほしい」との依頼を料金前払いで受けた私立探偵フォーチューンは指示された場所へと向かうが、ザレータ側はアッシャーなる男に思い当たる節が全くなく… 背景に関する説明が十分でないため腹落ち感が乏しい点が残念なものの、アッシャーという人物の謎の深さ、ザレータと彼の手下の堂にいった入った悪党ぶりなど、描写力が光る部分も多い。ミステリーとハードボイルドのバランスがよくて読みやすかった。

エドワード・D・ホック「傷跡を売った男」

私立探偵アル・ダーランは戦友グリフの久々の訪問を受ける一方、不動産業者マッカーシーから頬に傷のある男を手配するよう頼まれる。奇妙な偶然に違和感を覚えつつ、左頬に傷跡のあるグリフに仕事をさせることにするが… シリーズの主人公にしては地味であまり人気が出なかったのも頷けるが、登場人物のほぼ全員が後ろ暗い謎の雰囲気に満ちており、短篇ながら物語に奥行きを持たせたところはホックらしさがよく出ている。ただ、シリーズの他の作品も読もうという気にはならず。

マーシャ・ミュラー「野生のからし菜」

恋人である警部補グレッグとともに休暇を過ごす私立探偵シャロンは、お気に入りのレストランに面した道でいつも野草を摘んでいた老女の姿が急に見えなくなったのが気にかかり、周囲を歩き回ってみると… ひたすら面白くなかったので、特に書くことなし。

ローレン・D・エスルマン「デトロイト・ブルース」

市の新任監査官ドゥ・ウルフが宿泊する予定だったホテルの部屋から高級エスコートと思われる女性の死体が見つかった事件を私立探偵ウォーカーが調査する。人物描写、状況設定、プロットなど、全てピンとこないまま終わってしまった。消化読書。