Aira's bookshelf

書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

各務三郎編『クイーンの定員 IV 傑作短編で読むミステリー史』

 (読了日:2017年10月28日)

ジョン・コリア「壜詰パーティ」

女と縁のないフランクは趣味で何かを蒐集して日々の慰めにしようと骨董品古道具店を訪ねる。何でも願いを叶えてくれる妖魔が入った壜を5ドルで買い取り、豪華な宮殿に美女を侍らせて夢のような時を過ごしていたが、徐々に女たちの美しさに物足りなさを覚え始め…足ることを知らないフランクの心理と彼を待ち受ける皮肉な運命を、ジョン・コリアが得意とするユーモアに満ちた不思議世界で味わう軽妙な一篇。別の作家が書いたらジトッとしそうな結末を笑って読ませておき、その後でふと「いや、でもこれ、笑いごとじゃないぞ」と真顔にさせるところがコリアの魅力。

フィリップ・マクドナルド「殺意の家」

既読につき、今回は読了ツイート省略。「殺意」のタイトルで読んだ時の記事がコチラ。 

エドマンド・クリスピン「窓の名前」

建築家チャールズ宅の四阿は過去に殺人事件があって以来ポルターガイスト現象が起きるという噂。晩餐の招待客ルーカスは真相を知ろうとチャールズに誘われて四阿に出かけるが何者かによって刺殺されてしまい… 密室殺人に見える事件の謎にフェン教授が挑む。何とも無味乾燥な印象で読書ノートを書くのに苦労した。 ハンブルビー警部は (少なくともこの話においては) 視野が狭くてポンコツ。フェン教授におんぶしっぱなし。ドジっ子には頭のよい友人が必ずいるもの。世の中うまくできているな。

ロアルド・ダール「皮膚」

ある画廊の窓に飾られた絵はかつてドリオリが夢中になった画家の作品だった。画家に頼み込んで妻の肖像を背中に刺青させたことを思い出した彼は満足気に画廊へ乗り込むが、みすぼらしい身なりのせいで追い出されそうに。そこで刺青を披露すると二人の男が興味を示し… ダールにしては毒気が少なくて手応えが弱かった。ドリオリの身に何が起きるのかはミステリー慣れしている人ならば簡単に想像できてしまうはず。オチで驚かされることがないため物足りない印象だけが読後に残る。ちょっと残念。

マイクル・イネス「ベラリアスの洞窟」

アプルビー警部シリーズより。仮装行列祭開催中の街を訪れた教授が名所ベラリアスの洞窟へ足を運んだところ石器時代人の亡霊に遭遇したという。すぐに後を追って洞窟へ入ったが彼の姿はなし。代わりに取り乱した様子の平服の牧師が飛び出してきただけで… タイトルの印象から探検がらみの長たらしい短編を覚悟して読み始めたらたったの7ページで終了。あれは亡霊だったと信じて妙に真剣に語り聞かせる教授に対し、その話の真相を淡々とした様子で見抜くアプルビー警部。二人の様子のアンバランスさが笑いを誘う。ショートショートとして気軽に楽しむ作品。

スタンリー・エリン「決断の瞬間」

何事に関しても迷いのない自信家ながら他人からも愛されるヒューだったが、かつて奇術師として名を馳せたレーモンが隣の邸宅を買い取って住み始めて以来、何かと彼と衝突するようになる。二人の関係を何とかしようとヒューの妻がパーティーを開くが… エリンの知性と細部に対するこだわりがひしひしと伝わってくる名短編。ヒューの甥にあたる人物が一人称で語りながら第三者の目線でヒューとレーモンの駆け引きを観察する構図が効いている。レーモンの言動には哲学的な要素が垣間見えるため、深みのあるスリルを楽しめるところが気に入った。

クレイグ・ライス「マローン殺し」

登場人物のさまざまな思惑が複雑に絡み合い、読めば読むほどに謎が謎を呼ぶ。長編を無理やり短くしたかのような濃厚な一篇。ところどころ言葉足らずで読者に解釈を委ねるように書かれた部分があり、かなり集中しないと置き去りにされてしまう。あらすじは省略。(省略というか、この話のあらすじをまとめる能力がわたしには備わっていない) この短編のあらすじメモを誤廃棄したことで読書ノートが停滞→ノートを埋めるための再読が苦痛 (ひどく相性の悪い作品だった) →読書の楽しみ自体を忘れかけるという副作用→ノートに空白ページが残ることを受容→読書再開を決意 (イマココ) 

ルーファス・キング「マイアミ各紙乞転載」

マイアミ・プレス社長令嬢兼じゃじゃ馬記者ヴァイオレットはネタ作りのために人気舞台のチケットを一枚わざと街中で落とす。隣の席で待機していた彼女の前に現れたのは身なりはよいがやたらと涙もろい中年男性。今夜死ぬつもりだったと告白した男は… 久々に読んだ短編が楽しい活劇で救われた。ヴァイの上司にあたるマグワイアがいい男。作者の文体も気に入った。特に、男性の声質を語る際に「良質のアイリッシュ・ウィスキーを思わせる、煙っぽい味わい」と表現した箇所。ついつい目がトロンとしてしまった。読書の楽しみを一瞬で思い出せてよかった。探偵役側の各キャラクターの濃さ、ウィットに富んだ (ウィットだらけ?な) 会話、たまに飛び込んでくるサラッとした大人向けのユーモア、読むのを途中で止めさせない軽快なテンポ。1958年。古さを全く感じなかった。新聞の社会部の部長のことを「社会部長」って書くのは別に間違ってはいないんだけど「総務部長」や「人事部長」などと比べるとどことなく違和感があった。出てくる男性キャラクター (探偵役であってもなくても構わない) に対して「女」としてキュンとできるかどうかによって小説全体の評価が変わってしまうのは、何だか邪道な本の読み方をしている気がしてならないけれど、もはやどうしようもない性癖として受け入れつつある。(社会部長マグワイアの余韻をまだ楽しんでいる)

ジョルジュ・シムノン「世界一ねばった客」

パリの街角で開店準備を始めたばかりのカフェに入ってきた謎の男。時折飲み物口にする以外には特に何もせずソワソワした様子もなくただひたすら居座り続ける。閉店時間になって男がようやく外へ出た途端、通りに響き渡った不穏な音とは。マイ初メグレ。文庫で50ページ超の長さを全く意識させない三章立ての短編。場面転換が上手い。読者の興味を持続させる術を知った作家の小粋な技の数々が何とも憎らしい。メグレは思い描いていたより遥かに物腰が柔らかくて優しい紳士だった。ジャンヴィエとの絡みからチラリズムするおちゃめ要素も重要ポイント。

ヘレン・マクロイ「Q通り十番地」

ビールに混ぜた睡眠薬で夫を眠らせてまで妻のエラが夜間に一人きりで外出したい理由は何なのか。彼女がタクシーで向かった先では若者が合言葉を求めてきて… オーウェル1984年』を読んだ時に覚えた銀色の薄ら寒さが。別の短編をもっと読んでみたい作家。

マイクル・ギルバート「聖夜」

時代設定からして好きなはずなのに何度向き合っても全く頭に入ってこない。こんな風で「わたしは本が好きです」なんて言ったらダメなのでは…?とまで思えてきた。こんな状態はもう不健全でしかない。読もうと思うことをやめた。読まなきゃ!とこだわることをやめた。

ハリー・ケメルマン「博士論文殺人事件」

博士号取得口頭試験を受ける予定だったベネットが時間を過ぎても会場に現れず試験は中止に。なんとベネットはホテル内の自室で頭を殴られて死亡していた… 元法学部教授で現郡検事の主人公と英文学教授ウェルトの小気味よい会話で推理が展開する面白さ。 

クイーンの定員―傑作短編で読むミステリー史〈4〉 (光文社文庫)

クイーンの定員―傑作短編で読むミステリー史〈4〉 (光文社文庫)