(読了日:2017年12月15日)
E・S・ガードナー「緋の接吻」
遊び人の富豪として知られる男が愛人との密会に使っていた部屋で額に真っ赤なキスマークを付けた状態で毒殺された。容疑者として拘束された女性の婚約者から依頼を受けた弁護士ペリイ・メイスンが真実を探る。謎解きよりも登場人物の運命の交差に引き込まれた。弁護士だった作者ガードナーの頭の良さがはっきりと感じられる隙のない文章。登場人物がみな生き生きしていてそれぞれに印象的なため、謎が解かれるまでの流れを追いやすい。ガードナーは余計な小細工をせずに堂々と本格派作品で勝負していきたいと思いながら執筆していたのでは?と想像して楽しんだ。弁護士という職業柄、人間は時に醜いことを行う生き物だと痛感する機会も多かったはずのガードナーなのに、被害者・加害者・事件に巻き込まれて人生が狂いそうになった人・判事・検事… あらゆる登場人物の描き方に分け隔てのない人間愛を感じた。ほんわか読後感。常に冷静で渋いメイスンに惚れた。
アガサ・クリスティー「お宅のお庭は?」
家庭内の繊細な問題を内密に調査してもらいたいとの手紙を老婦人アミーリアから受け取った私立探偵ポアロ。打ち合わせをすべく彼女に手紙を出したものの返事が届かず困惑する。数日後、彼女が自宅で夕食後に謎の急死を遂げていたことを知ったポアロは…クリスティーなのにこんなに簡単に (わたしみたいなドンくさい読み手にでも) 犯人がわかってしまっていいの?いやいや、そんなわけない、この後で何かスゴイことがあるんでしょ、ハハ!と思ったら予想通りの犯人だった。クリスティーを苦手と思っている人に薦めたい。秘書のミス・レモンが大好き。ポアロとミス・レモンのやりとりがコントにしか見えなくて何度もクスクス笑った。今までよりはクリスティー作品に興味が持てるようになったから読んでよかった。ミス・レモンが目指している「これまでのあらゆる書類分類方式を忘却のかなたに追いやってしまうようなすばらしいシステム 」すんごく知りたい。
ジョン・ディクスン・カー「ハント荘の客」
超一流絵画数点を自宅に所有するハント氏は、その絵をわざわざ人目につく場所へ移したり、盗難保険を解約したり、警報器を解除したりと、まるで誰かが盗みに入る日を待ち構えているかのような行動をとり始め… ギデオン・フェル博士が地味すぎて驚き。フェル博士シリーズの存在を知らなかったので、ハント氏が自宅に客として潜り込ませたリュー・カトラー (パッと見は好きなタイプ) が探偵役になると思って読んでいたら実はそうではなく、しかも刑事としての彼はむしろ残念な感じであることが判明した時点で気が抜けた。シンプルな謎解きで幕切れ。
レイ・ブラッドベリ「鉢の底の果物」
自身の友人で妻の不倫相手でもあるハクスリーを衝動的に絞殺したアクトン。殺人を行なったばかりの自分の手指を眺めるうち、指紋を拭き取る必要があることに気付き、まずはハクスリーの死体、次はその周囲の床を拭き始めるが… 未読の方はとにかく読むべし。乾いた印象の短い文を効果的に使って読者に畳みかけるブラッドベリの文体と小笠原氏の淡々とした訳文が完璧にマッチ。冒頭から一気にアクトンの内面世界へと引きずり込まれる。目も口もカラカラに乾くような焦燥感がクセになる。自身の意思以上の速度で先へ引っ張られることが快感になる数少ない作品。
ニコラス・ブレイク「暗殺者」
謎の集い「暗殺者クラブ」のメンバーは判事、弁護士、推理小説家、そして探偵ストレンジウェイズ。彼らによる晩餐会の途中で停電が発生。数分後に明かりが点いてみると大物作家カラザズが魚ナイフで背中を刺されて絶命していた。主人公の人となりが不明のまま終了。ものすごくキレ者の探偵という設定らしいけど、この一篇を読む限りでは特段のカリスマ性もなく、ただ何となくピンとひらめいて解決したおじさんな印象。人物の説明や掘り下げが乏しいため、どのキャラクターも中途半端な仕上がりで、誰に対しても魅力を感じられない。「ふーん、そうですか」で終了。
マッキンレイ・カンター「褐色のセダン」
容疑者モーパーを移送中の刑事らが褐色のセダンに乗った三人の男から銃撃を受けて死亡。現場に居合わせた駅の警備巡査ニックと彼の兄で部長刑事のデーヴが手がかりを求めて捜査を進める。地道かつ直球な警察小説。弟思いの兄デーヴがなかなかいいキャラ。
シンクレア・ルイス「幽霊パトロール」
パトロール巡査ドーガンは管轄区域に暮らす若者ポロとエフィの交際を見守ってきたが、エフィの頑なな父親が反対したせいでポロがやけを起こし刑務所で三年を過ごすことになった。ポロを救いたい一心で関係諸氏に訴えを続けるドーガンはやがて町の厄介者に…故あって前線を離れていた間も巡査としての誇り高き義務感と住民に対する愛情を捨てられないまま生き、独自の方法で地域に貢献するドーガンの実直な姿にジーンとする。引退後もポロを忘れられず、何とかして彼を立ち直らせようとするドーガンの愛情深さがもたらすラストの清々しさったらない。佳作。
クレイグ・ライス「七転八起」
これってパトリック・クエンティン「不運な男」ですよね??? 何でこんなことが???
F & R・ロックリッジ「誰もいえない」
ヘイムリッチ警部が殺人の自供を取る相手は引退した漫画家バーンズ。外が暗くなるのを辛抱強く待ってから、道路を歩いてくる妻の愛人アシュトンを待ち伏せしてステッキで殴り殺した、と淡々と自白するバーンズだったが… 最後に明かされる真実が切なすぎる。善か悪かで簡単に割り切ることができない人生もあるのだということを切なさとともに感じさせる終わり方をする短編は好き。
フレドリック・ブラウン「完全犯罪」
売れない役者サー・チャールズは恥ずべき行為と知りながらも他人を強請ることで生計を立てている。強請り相手の一人である劇作家ウェインが新作を書き上げたことを業界誌の記事から知った彼は、何とかして役を手に入れようと急遽ウェインに面会を申し込み…ブラウンは海外短編集にハマりかけた頃に読んだ「危険な連中」が初めての作品。卓越したユーモアと切れ味のよいオチにすっかり魅せられたけど、その後いくつか読んだ短篇は結構ドス黒かったりして、未だに正体が掴めない不思議な作家。今回はハードボイルドな要素がスパイスとして上手く効いていた。
フィリス・ベントリイ「登場人物を探す作者」
新作の主人公の性格付けがうまくいかずに悩む小説家のミス・フィップスは刺激を求めて汽車の旅に出る。ある小さな出来事がきっかけで向かいの席の男性もまた作家なのでは?と感じたミス・フィップスは彼に話しかけてみることに。その男は実は刑事で…ベントリイは以前に「逆の事態」を読んだことがあるけれど、その時と同じで「ふーん、そうですか」しか感想がない。人から事件の話を聞くだけなので、展開に臨場感も緊迫感もなく、関係者の性格や動機もはっきりせず、とにかく全体的にぼんやりとした薄い印象。特に何の驚きもない消化読書となった。
コーネル・ウールリッチ「おまえの葬式だ」
2016年6月「葬式」の邦訳で既読。読了ツイートは省略。