Aira's bookshelf

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書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

メアリ・ヒギンズ・クラーク編『ショウほど素敵な犯罪はない アメリカ探偵作家クラブ傑作選 (11) 』

(読了日:2019年6月30日)

ジョン・L・ブーリン「イーストポートでの再演」

演劇評論家ジャドスンが深夜に編集室である舞台批評を書いていると、その舞台に出演していたベテラン俳優のスピヴィーが突然姿を現し、かつて初舞台での演技を酷評された際、酔った勢いでジャドスンを狙撃しようとして失敗したことを告白するが… 何気ない賞賛や批判の言葉には人の一生を良くも悪くも左右する大きな力が秘められていることを訴えてかけてくる作品。1979年初出の短編であっても全く時代を感じないのはテーマがそれだけ普遍的である証拠だと感じた。批評をするのは自由とはいえ常に大きな責任が伴うこともまた世の常。言葉は大切。

スタンリイ・エリン「決断の時」

「決断の瞬間」として読了につき、読了ツイート省略。

ロン・グーラートとどめの一発

かつては冠番組を持つほどの人気コメディアンだったが最近はすっかり鳴かず飛ばずで容姿も衰えたビーンズにようやく第一線に返り咲く好機が訪れるが、時期を同じくして元妻ジュリエットが彼の過去の悪癖などを暴露する自伝を発表・映画化しようとしており… 若者からは全く相手にされないほど月日が流れたというのに、未だ過去の栄光にすがりついたままの初老コメディアンの姿が滑稽に描かれており、オチもジョークのように軽いものだった。ところで、今まで読んだ数々の短編においてジュリエットという女性のロクでもない率が高いのはなぜなのだろう…???

ジョイス・ハリントン「プリンセスの死」

ひっそりとした劇場の舞台で黒い柩を前に "彼女" の死を悼む一人の老人と彼の思い出話にじっと耳を傾ける少年。彼らが弔おうとしている "彼女" の正体は。老人が襲われた虚無感は誰しもが共感できるはず。ハリントンの既読作で最もあっさりした仕上がり。

ローレンス・トリート「くちびるは災いのもと」

吹奏楽を趣味とする刑事ボズウェルが住む団地の中庭でイタリア人男性が三人も立て続けに殺された事件は容疑者フランチェスコの行方がわからず暗礁に乗り上げかけていたが… 意外なところで手がかりが見つかる着眼点の面白さと意味深な邦題がよい。

ジェラルド・トムリンスン「ペナルティ」

母校の弱小フットボールチームの試合結果を毎回新聞社に連絡するなど同窓会広報部長としての退屈な仕事を嫌悪しているデボアがほんの出来心から架空の大学同士の試合結果を記事にし始めたところ… 作り話が思わぬ形で現実を動かしていくことの不気味さとどっぷりと架空の世界に染まって現実をうまく受け止められなくなったデボアの無責任な姿が皮肉交じりにコミカルに描かれた80年代の短編。SNS がここまで発達した現代では起こりえない類の出来事だけれど、人間がつい虚構に踊らされがちな生き物である点は、デジタル化の進んだ今の時代でも変わらない。

ヘンリイ・スレッサー「最後の脱出」

奇術師フェリーニはマネージャーの反対を押し切って今や時代遅れとなった水中脱出に挑んだものの手錠外しに失敗して溺死してしまう。死してなお根っからのエンターテイナーとして彼が魅せた「脱出」は果たして純粋に奇術師としての名声のためだったのか…?読後に「ほほぅ」だけでなく「んっ?」と一瞬首をひねってしまう類の皮肉の効いたオチがスレッサーらしい。あえてはっきりと書かず、こうだったのかも、ああだったのかも、と考えさせるゲームのような要素もまた楽しい。ただ今回は後味がちょっと苦すぎたかな。でも決して嫌いではない。

トマス・アドコック「ニューヨーク、ニューヨーク」

妻と別れて孤独な生活を送る巡査ホカディは同じアパートに住む女優ジュリーと親しくなり、外食の約束をしていた日に部屋まで迎えに行くが、そこには絞殺死体となった彼女が… 豪華なショウビズ界の裏にある根深い闇に染まった女性たちの末路。

ジョン・F・スーター「フィルムの切れ目」

映画好きが高じて町の小さな映画館で上映の手伝いを始めた少年ジェフは、館を買い取りたいという謎の男が現れて以来、経営者ジョージに対する嫌がらせが続いていることに気付き… 幼くして人間の生き辛さを学んだジェフの視点から語られる思い出話がひと昔前の町の小さな映画館が漂わせる場末感と相まって郷愁を誘う。映写室の小道具や裏方の仕事ぶりなどの描写も丁寧なため、読み手が映画 (館) 好きならばより一層深い味わいが楽しめるはず。長く印象に残っていきそうな一編。

エドワード・D・ホック「レオポルド警部、ドッグ・レースへ行く」

ギャンブル好きのサルガッソ夫妻は、手早く稼ぐ手段として八百長レースの裏事情を仕入れようとドッグ・レース場のウサギ操縦師フレイクに近付くが、何も聞き出せないうちに彼が何者かによって刺殺される事件が発生してしまい… どっしりと落ち着いて構えながらも鋭い観察眼と回転の速い頭とわかりやすい推理で確実に真犯人へと辿り着くレオポルド警部が大好き。フレッチャー警部補との息の合った様子や事件関係者との短い会話から感じられるほんわかしたユーモアも心地良い。ホックは人間味あるキャラクターが多くてホッとする。

ジョーン・リクター「アップル・ボウのぼた山」

炭鉱の劣悪な環境で犠牲者が相次いでいるにもかかわらず企業も政府も重い腰を上げようとしないことに業を煮やした老鉱夫ニュートが娘にも取材記者にも知られぬよう密かに用意していた作戦とは。「ゼム島の囚人」と同じく、じっとりと救いのない話。

ウィリアム・F・ノーラン「土曜の影」

今まで数多くの短編を読んできて、これほど意味がわからないのはおそらく初めて。"わたし" が何なのか "影" が何なのか、どこまで読んでも理解できず。消化読書。

J・F・ピアス「ネル・クウィグリー二重殺人事件、あるいは殺人のふたつの解釈」

娼婦ネルが自宅で絞殺された事件で容疑者とされた舞台俳優ハムネットが事件の真相がいずれであるかを問うために治安判事に二種の寸劇を見せ… うーむ、さすがにこれは設定が突飛すぎる気がして楽しめなかった。

アイザック・ローマン「芸術家の悦び」

ルジレックというピアニストの演奏会でソベルという幻の作曲家の曲が始まる直前にピアノが爆破される事件の現場に居合わせた記者モナハン。ルジレックのマネージャーによれば、以前からソベルの曲の演奏に反対する脅迫状が届いていたらしく… ピアニスト兼作曲家という存在を認めない社会に対して鬱憤が溜まっていたルジレックが実行に移した緻密な計画とは。芸術家の承認欲求やエゴといったものについて考えさせられる神秘的な作品。何とかしてルジレックを守ろうとするマネージャーの深い父性愛がかえって事態を悪化させたように思える節もあり切ない。

ベティ・ブキャナン「でかしたぞ、愛しき女よ」

ある依頼を受けてホテルのロビーで待機していた私立探偵フィルは美しいが頭の軽そうな女性から一方的に「ハーヴェイを探してちょうだい」と頼まれる。一方、事務所では見目麗しい男から「ある物の引き渡しの現場に付き添ってほしい」と頼まれて… ハードボイルド好きの人ならすぐにピンとくるのかもしれないタイトルの意味に最後の最後まで全く気付かなかった未熟なわたし。無意識のうちに「探偵は男性である」と思い込んで読む癖のある自分に気付いてハッとさせられた。

ショウほど素敵な犯罪はない アメリカ探偵作家クラブ傑作選(11) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

ショウほど素敵な犯罪はない アメリカ探偵作家クラブ傑作選(11) (ハヤカワ・ミステリ文庫)