Aira's bookshelf

書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

杉江松恋編『ミステリマガジン 700【海外篇】』

(読了日:2017年3月21日)

A・H・Z・カー「決定的なひとひねり」

冒頭で「妻はかつて三人の人間を殺した」と明かされてからのサスペンス。美術館主事を名乗る男が以前雑誌で紹介された骨董の家具を見せてほしいと主人公宅を訪ねてくる。金額に折り合いがつけば美術館に展示したいと言うが… 妻の無双ぶりが痛快な一編。

シャーロット・アームストロング「アリバイさがし」

街へ引っ越してきたばかりで知り合いの一人もいない上品な老婦人が洋品店強盗の容疑をかけられてしまう。ミラー刑事とともに自分のアリバイを証明してくれる人を求めて歩くが… これは何と解釈したらよいのか悩ましい一編。人間讃歌の一種か?

フレドリック・ブラウン「終列車」

今の暮らしを投げ出して人生をリセットしたいと願うアル中の弁護士ヘイグ。何度もそうしようと思いつつ逃してきた機会。今夜こそはと終列車を目指して駅へ駆け込むが… SF寄りの普通小説といった趣き。特に大きな出来事もないのに何とも落ち着かない読後感。オーロラなのか大火事なのかわからない赤く染まった空は何を象徴しているのだろう。ブラウンはこの辺りが本当に上手いと思う。

パトリシア・ハイスミス「憎悪の殺人」

家族に対する愛情や期待が消え去った後、世の中の人間すべてが憎悪の対象となってしまった郵便局員アーロンは手始めに同僚を殺した。次は局長、その次は局長の息子… 自分は正しいことをしているのだと信じたまま狂っていく人間の闇を淡々と描き切る短編。

ロバート・アーサー「マニング氏の金のなる木」

株に失敗して銀行から大金を着服した出納係のヘンリー。尾行中の探偵から現金を隠すためにとっさに選んだ場所は、とある住宅の庭で木を植えるために掘られた穴だった。三年の刑期を終えたヘンリーはその家の夫妻と親しくなり… じんわりと良い話。「これ、O・ヘンリーの作品なんですよ」と言われたらすんなり信じてしまいそう。

エドワード・D・ホック「二十五年目のクラス会」

レオポルド警部はクラス会を準備しているトレヴァーからの依頼で十三人の同級生への連絡役に。その過程で、かつてクラス会のピクニックでフィッシャーが溺死した件が思い出される。あれは本当に事故だったのか。人情と正義感の間で苦悩する警部。以前「一瞬の狂気」を読んだ時には特に何も感じなかったレオポルド警部。今回の短編ではとても素敵に見えた。余計なことをしているのではないか?と何度も自問しながらも、刑事としての正義感に従って今すべきことをする。たとえその先に辛い事実が待っているとしても。その実直な姿が魅力的だった。訳者によって台詞の言葉遣いが違うから、人物に対する印象も大きく変わるのだと思う。今回の訳者 (田口俊樹さん) でレオポルド警部シリーズを読んでみたいと思ったけれど、彼は二編しか訳されていないようで残念。

クリスチアナ・ブランド「拝啓、編集長様」

ブランド本人が某編集長に宛てた手紙という形式の短編。これ以上書くとネタバレしそうなのであらすじは省略。後味悪い作品は決して嫌いじゃないけどコレはちょっと微妙かも。過剰演出でわざとらしいドラマを観た後のような白けた印象を受けてしまった。

ボアローナルスジャック「すばらしき誘拐」

毛皮商人ベルトンの妻が誘拐され、犯人から高額の身代金を要求される。ベルトンはショックを受けるどころか内心で大喜びしていた。なぜなら彼には妻を二度も殺そうとして失敗した過去があるから。全編すっとぼけた風味で楽しいが結末はありきたり。

ルース・レンデル「子守り」

苦手です。いろいろとボロ◯ソに書いてしまいそうなので、感想は読書ノートだけに。それにしても、なんて気分が悪い短編を書くんだろう、この人は。

ジャック・フィニィ「リノで途中下車」

金欠寸前の夫婦が新天地で仕事を見つけて再出発しようと移動していたが、途中で疲労がピークに達してリノで一泊することに。夫はどうしてもカジノの誘惑に抗えずクラップスのテーブルへ向かうが… 実況中継のような文章が延々と続き、途中から流し読みに。

ジェラルド・カーシュ「肝臓色の猫はいりませんか」

珈琲バーで出会った陰気な男から聞かされる肝臓色の猫の話。ある時はドアから追い出し、またある時は袋に詰めて遠くの家の前に置き去りにし… 何をしようとも男の家の暖炉の前に戻ってくる不気味な猫。短いながらしっかりと奇妙な味が効く。

ピーター・ラヴゼイ「十号船室の問題」

タイトルですぐピンとくる通りジャック・フットレルに捧ぐ物語。豪華客船に乗り合わせた小説家フットレル、元編集者ステッド、そして若者フィンチが退屈しのぎに完全犯罪を考えて発表し合おうという話に。フィンチだけは早くも計画を立て終わった様子で… フットレルの最期を知っている人には自明のことだが、そうでない人は中盤で明かされる事実にアッと驚くはず。歴史、実在した作家、ミステリという三要素の組み合わせ方が上手い。ラスト、こうなるとわかっていても胸が痛む。

イアン・ランキン「ソフト・スポット」

刑務所で手紙の検閲官として働くデニスは、大物受刑者ブレインと美人妻セライナの手紙に異常な関心を示し、自宅でコピーを取ったりしている。手紙や写真だけでは満足できなくなり、セライナの自宅周辺をうろついたり… 不気味な偏執狂と受刑者の駆け引き。

レジナルド・ヒル「犬のゲーム」

ペット同伴可能なパブで流行っている、火事になったら犬か人間かどっちを助けるかを言い合うおかしなゲーム。見捨てる候補の人間として嫁の母親をいつも挙げていたレニーの家が本当に火事になり… 犯人探しするなら白黒つけてほしかった。残念な「奇妙な味」に。

ジョイス・キャロル・オーツ「フルーツセラー」

昔、地元の公園で行方不明になったきり遺体も見つかっていない少女の新聞記事、幼い女の子たちの写真、そして謎の鍵を父の遺品の中から見つけてしまった兄妹。薄暗い地下室の冷たく湿った空気のようにヒタヒタと彼らに忍び寄る恐怖にゾーッとする。