Aira's bookshelf

書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

エラリイ・クイーン編『クイーンズ・コレクション 1』

(読了日:2017年6月4日)

レックス・スタウト「殺人鬼はどの子?」

探偵ネロ・ウルフ宅を約束もなく訪れた法律事務所の所長秘書バーサ・アーロンを助手のアーチーが迎えて事情を聞く。事務所の共同経営者の中に敵方の依頼人と通じている者がいるので調べてほしいと言う。だが、アーチーがネロを呼びに行っている間に… 相変わらず尻重なウルフのため、ブツクサ言いながらも身軽に動き回るアーチー・グッドウィンが典型的な「仕事のデキる」男でとにかくカッコいい。ハンサムであることを強みと自覚して仕事に活用する姿も飄々として楽しい。褒めたりはしないがアーチーの意見をきちんと聞くウルフのツンデレぶりもよい。

ジョン・D・マクドナルド「罠に落ちた男」

スーパーでの買い物を終えて車で帰路に着こうとするジョウ。助手席に見ず知らずの男が拳銃を手に乗り込んできたところで彼の運命が狂い始める。命じられるままモーテルまで運転していくと… ジョウのアイデアを楽しむ短い作品。悪事は割に合わない。

エドガー・ウォレス「ウォーム・アンド・ドライ」

ありとあらゆる方法で幅広い犯罪に手を染めている何でも屋のニッピイはタレコミ屋としての顔も持っている。彼が警察に教えた情報のせいで刑務所暮らしを強いられたキレ者の悪党ジャギイは、出所後に「簡単な仕事をしないか」とニッピイを誘い… warm and dry という表現を場面に合わせていろいろな意味で使う言葉遊びのために書かれたんじゃないかと思った。ミンター警部が選挙活動中の知人に聞かせた話という形式のため、活劇的な面白さが損なわれてもったいない気がした。ジャギイのキャラがもっととんがっていればなあ。惜しい。

パトリシア・ハイスミス「池」

夫を飛行機事故で亡くしたエリナーは幼い息子とともに郊外の家に引っ越したが、庭にある池の存在が気になって仕方がない。業者が水を抜いたり除草したりしてもなぜかすぐに水が満ちて蔦が生い茂ってしまい… 誰もが予想できる不幸なのにゾッとさせる筆力に敬礼。

ジェイムズ・ホールディング「やっぱり刑事」

拷問の末に殺された男のポケットに残されていたのは図書請求記号のメモだった。ランドール警部は元刑事で現図書館員のハルに連絡してその本を手に入れるように協力を依頼するが… ハルとランドールの絶妙な距離感と親しげな会話に微笑を禁じ得ない。大した期待もせずに (失礼) フラ〜ッとした気持ちで読み始めた短編に限って好みの作風だったりするのが楽しい。警察と探偵 (役を担う人物) の関係としてわたしの理想型にかなり近い二人だったので、シリーズものならよかったのに… と思った。

リチャード・レイモン「ジョーに復讐を」

ウェスがジョーから受け継いで経営する居酒屋に中年女が現れて「ジョーに用がある」と銃をちらつかせる。女はジョーの昔の恋人で自分以外の女と結婚した彼に復讐し、自分も今日車で事故を起こして死ぬと言うが… 読者を待ち構えるラストの衝撃がお見事。

マイクル・ギルバート「ちびっ子盗賊団」

少年二人組が空気銃を持って骨董品店に強盗に入った。店主の悲鳴を聞きつけたぺトレラ警部は店の方から駆けてきた少年たちの一人を捕まえた。しばらくすると、家賃が払えなくて困っている老婆のもとに二ヶ月分の家賃を賄えるほどの現金が匿名で届けられ… 義賊を気取って強盗を繰り返す少年四人組と彼らを追う警察の人間を描く短編だけど、子どもが犯罪に絡む話はどうにも気が滅入って苦手。

L・E・ビーニイ「村の物語 1 約束を守った男」

ケンドリックスは亡き母との約束を守るために田舎町へやってきた。その町は殺人を犯したとされる男の死刑執行を前に異様な熱気に包まれていた。ケンドリックスがここへやってきた目的とは何か。最後に明かされる約束の内容が切ない余韻を残す。

L・E・ビーニイ「村の物語 2 どうしてあたしが嫌いなの」

農場を一人で切り盛りする器量の悪い女性ラディを保安官が訪ね、女性を二人も殺した凶悪犯が脱獄したから十分気をつけるようにと告げる。翌日、ラディは農場の片隅に男の影を見つけて銃で威嚇するが… 久々に出会った「奇妙な味」。醜い容姿のせいで幼い頃から屈折した心理で無理して人と交わってきたラディの闇の深さは読みごたえがあった。そうきたか… という意外性とサイコな不気味さで読者を突き放すエンディングは好み。何か起きるぞ… 何かやらかすぞ… の黒雲が徐々に濃くなる感じがたまらない。

ダグラス・シー「おせっかい」

作家ゴアの書いた推理小説の内容に対して科学的に異議を唱える手紙をしつこく送り続けて本人の不興を買った大学助教授の運命やいかに。クイーンは「まぎれもない笑い話」と評しているが私には笑うに笑えないブラックなユーモアに思えた。インパクト弱めなのが残念。

パトリシア・マガー「ロシア式隠れ鬼」

20年も交流のなかった大学の同級生で今は病床にあるトリンカの夫から急に連絡が入り「妻が会いたがっている」と言われたセレナ。代理で校友会のロシア旅行に参加し、極秘である大事な物を持ち帰ってほしいと頼まれる。それは彼女の祖父が遺した詩で… 話を聞いた当初の予想以上に複雑な事情が絡み合っており、複数の組織から監視・妨害されるセレナだが、持ち前の頭の良さと機転をフルに発揮して状況を打破していく。その姿が何ともたくましい。終盤で伸るか反るかの賭けが始まると、彼女の心臓の音が今にも聞こえてきそうなスリルを感じた。

ジャック・P・ネルソン「イタチ」

自らの名声を高めるためなら事実を曲げてでも被告を無罪にする手腕と強欲を持つ刑事弁護士のベリー。今回の裁判ではフライ氏の妻子を殺したジャンソンを無罪放免に。事務所へ戻ると親友スパイクトから伝言が入っており、ベリーは待ち合わせの店へ向かうが… ゾーッとした。キャリアのためならどんな悪人も無罪にするという性根の腐り切った弁護士を呼び出した人間の正体が明らかになった時点で結末は予想できるが、その人の落ち着き払った態度が怖さを増幅させて読者を惹きつける。10ページにも満たない短さながら濃密な時間が流れており満足度が高い一篇。

アイザック・アシモフ「ロレーヌの十字架」

黒後家蜘蛛の会。マジシャンのラリが昔、待合室で知り合って一緒にバスに乗ったものの、知らぬ間に降車して行方がわからなくなってしまった女性のことを相談。同じバスに乗り合わせた少年は「ロレーヌの十字架のところで降りた」と証言したのだが… 初・黒後家蜘蛛の会でした。ラリの相談が始まるまで続く会員同士の他愛もない会話がまどろっこしかった。証言したフランス人少年にとってはアルファベットが記号にしか見えなかったという設定はさすがに無理があるのでは。他にも細かいところが引っかかってしまい、素直に話を楽しむことができず残念。黒後家蜘蛛の会安楽椅子探偵ものだとも、給仕ヘンリーが探偵の役割を果たすのだとも知らずに読んだので、彼があっさり謎を解いて終わる展開に戸惑ってしまった。これは単なる好みの問題であって何がよくて何が悪いという話ではないけれど、うむ、やっぱり探偵には手足を使って働いてほしい。

ジョン・L・ブリーン「白い出戻り女の会」

ゲストはロボット工学者のスーザ。人間を殺すことはできないとプログラムされているはずのロボットが開発関係者を撲殺してしまった。現場で何があったのか。そもそも本当にロボットが殺したのか。黒後家蜘蛛の会のパロディ。こてこてで胸焼けするほど。

デイナ・ライアン「破滅の訪れ」

空き部屋を他人に貸して老後の生活費の足しにしようと思い立つネルだったが気苦労が増えるばかりでうんざり。そこで年に一度だけ手紙で近況報告をし合う間柄の友人エマに間借りを持ちかける。彼女はすぐに引っ越してきたが… ジャクスンを思わせる後味の悪さ。まったく悪びれる様子もなく他人を自分のペースに巻き込み続けて生きる悪魔のような女を自らの手で人生に迎え入れるという大きな過ちを犯した主人公が徐々に狂っていく様子をどこかのんびりとした筆致で描いた。そのせいで結末が過剰に毒々しくならずに済んでいる。なぜかカラッとした風味のイヤミス

プロンジーニ&マルツバーグ「不幸にお別れ」

身の上相談室 (書簡限定) の担当者ハロルドは殺人を妄想してしまうことに悩むグレイ氏から相談を受けて対応するが、相手は返答に満足しないどころか徐々に脅迫じみた手紙を送りつけてくるようになり… なるほど!と膝を打つ見事なオチが楽しい。どちらかが一方的の別れたがっている夫婦の駆け引きを含む短編って面白いものが多くて好きです。

シリア・フレムリン「魔法のカーペット」

幼い双子が部屋で遊び回ることによる騒音に対して隣近所から毎日のように苦情を申し立てられているヒルダはある日カーペットを購入。子どもたちはそれに乗ってあちこちの国を飛び回る空想の遊びを覚えてくれたため騒音は減ったかに思われたのだが… 「転」の部分を除いては非常に現代的かつ現実的な設定で、ヒルダと同じように追い詰められていくことはいつどこで誰の身に起きても不思議はなく思える。イヤな後味。追い詰めた側のケロッとした態度が不気味。

ジョン・ボール「閉じた環」

自分より仕事ができて頭がよく遊びも上手な隣人フレッドに対してウォルターが抱いてきた嫉妬と憎しみはいよいよ殺意へと発展する。だが、真意を誰にも悟られることのないよう慎重に慎重を期して付き合いを続けていた。やがてフレッドと二人で猟に出る機会が訪れて… 自分よりも常に優位に立つフレッドによって抑圧されていた自我が解き放たれて以来、ものの考え方がどんどん独りよがりになっていくウォルターの行く末に待つものとは。淡々と静かに語られる結末が哀愁を誘う。

エラリイ・クイーン「仲間はずれ」

石油王サイアーズ邸にパズル・クラブの会員が集う。今回の謎解き担当は私立探偵エラリイ。麻薬供給者によって殺された秘密調査員が残した odd man という言葉を手がかりに犯人を当てる。エラリイは持ち前の推理力を活かして3通りもの解答を用意する。ちょっとした言葉遊びのようなものですな。軽い気分でサラサラッと楽しむ一篇。

ロバート・L・フィッシュ「秘密のカバン」

腕利きの金庫破りクロードは今日も留守宅に忍び込んで持参人払い有価証券を入手。戦利品を学生風のカバンに入れて歩いて現場を離れる。しかし、途中から同じ方向へと歩き続ける警官らしき男の足音に悩まされ… 最後まで読むと冒頭の一文が理解できる。「月下の庭師」では良質なほのめかし技術を披露したフィッシュだが、本作は解釈に迷う要素が全くないほどにシンプルでユーモラスな小品に仕上げた。警官のちょっととぼけた味が主人公を惑わす流れでニヤリとする。

イリアム・バンキア「危険な報酬」

10年連れ添ったものの子宝に恵まれずに不仲となった妻から他の男の子を妊娠した事実とともに別れを告げられた元プロ野球選手のミリガンは、酒場で人目を引く男女と知り合い、ほんの数日で大金が手に入る仕事に誘われる。過去に囚われ続けた男の哀しい末路。 

クイーンズ・コレクション 1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-35)

クイーンズ・コレクション 1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 2-35)