(読了日:2018年1月3日)
レックス・スタウト「ワールド・シリーズの殺人」
客人を接待するために否応なく野球観戦に出かける私立探偵ネロ・ウルフと助手アーチー・グッドウィン。試合は複数の主力選手がエラーを連発する異様な展開に。実は彼らがクラブハウスで飲んだビン入り飲料に催眠薬が混入されていたことがわかり… 安楽椅子探偵ネロ・ウルフが現場に居合わせるという珍しい一篇。とはいえ実務担当は助手 (でキレイな女に目がない) アーチーである点は変わらず。自分はウルフにとって決して替えの効かない存在であることをわかった上で、時に挑戦的・反抗的な言動をするアーチーのツンデレわんこぶりが何より楽しい。
アーサー・ミラー「泥棒をとらえてみれば」
街で遊んで深夜三時に帰宅したシェルトン夫妻は家の中がひどく荒らされていることに気付く。純銀の食器などが盗まれ、寝室の金庫からは老後の生活のために蓄えていた大金が消えてしまった。夫が警察に通報しようとすると、妻がなぜか慌てて止めに入り… 以前読んだ「ある老人の死」の印象が強いミラーの作品ということで期待をしすぎたのか若干物足りない印象。夫妻の過去は明かされないまま終了。周囲の人々が抱く残酷なまでの好奇心が不気味な後味を残すラストの3段落はとても気に入った。夫妻にじわじわと迫りくる「いつか」の足音が聞こえてきそう。
アントニイ・バウチャー「クリスマスの盗難」
映画プロデューサーと言い争いをした後で考え事をしながら車を運転していた作家クィルターは歩行者と接触してしまう。その男は自分の経験を語った原稿にどんな結末を用意すべきか悩んでいるとクィルターに打ち明け、後日相談に乗ってもらうことに。その男が書いた小説が作中作として登場するけれど、それがまたどうにも地味。推理ものとしても人間ドラマとしても中途半端な印象。ロマンスの要素もどこかぎこちなく、読んでいるこちらが気恥ずかしくなる。謎解きの決め手となるドイツ語のくだりは外国語に興味のある読者ならばニヤリとできるはず。
フェレンツェ・モルナール「権謀術数」
「最善の策」の邦訳で既読につき、読了ツイートは省略。
レスリー・フォード「鉄柵にぶらさがった男」
公園で見つけた鞄を持ち主パウスビースミスに届けたお礼に招待券をもらい講演会へと出かけた探偵ピンカートンだったが、会場の外にある鉄柵にもたれかかるようにして死んでいる男を発見してしまい、警察から容疑者扱いされるという災難に見舞われる。講演会場が正装した紳士でごった返しているのを見て自分のみすぼらしいスーツ姿にあたふたする姿など、どこか人間くさくて間の抜けた感じのするおじさん探偵ピンカートン。思わず応援したくなってしまう可愛らしさがあって好き。読解力が乏しいせいで犯人の動機がよくわからないまま終わってしまった。
メアリイ・R・ラインハート「午前四時」
夜勤続きで疲れ気味の看護婦アン・エリザベスが新入りインターンのジョージとともに休憩室の窓から外を眺めていると一発の銃声が響き渡る。向かいの家から年配の女性が出てきて昏倒。ジョージが現場に駆けつけると、家の中には男の射殺体が転がっており… 少し軟派な印象があるものの正義感に満ちて機転の利くジョージが魅力的な探偵役を務める。犯人探しはシンプルだが、異常事態を前にして急速に距離を縮めていくアン・エリザベスとジョージの様子が微笑ましい。二人を見守る鬼婦長や父性に満ちた警察署長といった脇役もいい味を添える。小気味よい一編。作者が各キャラクターに対して分け隔てなく優しい愛情を抱きながら執筆したことが想像できてほんわかした気持ちになれるところが気に入った。
クレイグ・ライス「小鳥たちはまた歌う」
行きつけのバーで美女モーナから相談したいことがあると言われた刑事弁護士マローン。指定された場所へ行ってみると、そこには眉間を撃ち抜かれて息絶えたまま窓辺の椅子に腰掛けているモーナの姿が。彼女の愛人である賭博師が容疑者かと思われたのだが… 前回読んだマローンものは読書自体を嫌になりそうなほど苦痛だったけど、今回は驚くほど簡単にサラッと読めた。それを面白いと感じるかどうかはまた別の話だけど。お金になりそうな相手なら誰にでも靡くマローンの節操のなさが好きになれず。嫉妬に狂い道を踏み外す女の見苦しさが読んでいて辛かった。
エラリイ・クイーン「賭博クラブ」
不安定株の購入を勧める謎の手紙に従って2回も大きな儲けを出した賭博クラブ所属の3名。次は手紙差出人が株の手配をする必要があるため、指定場所に多額の現金を持ってくるように指示する手紙が届いた。その通りにしても大丈夫かどうかを相談されたエラリイは… エラリイが持ち前の頭の良さであっという間に真相を暴く軽妙なショートショート。その短さゆえに人物の掘り下げが少なく物語としての味わいは薄くなっているが、クイーンの作品にしては相当に読みやすい部類。ちょこちょこと隣の部屋から口を挟んでは息子に軽くあしらわれる父クイーンの存在が楽しい。
ドロシー・L・セイヤーズ「豹の女」
亡き兄の莫大な遺産を相続した息子シリルを養子に迎えて妻とともに育てる主人公トレシダー。幻聴と幻覚に導かれて向かった先には「スミス&スミス 引越業」なる看板を掲げた建物があり… 主人公が迷い込んだ虚構世界なのか現実なのかわからない不気味さがよい。これ以上書くと面白みを削いてしまう気がするので自粛します。さすが、心の闇を描かせたら天下一品のセイヤーズ。ゾーッとする大人のおとぎ話とでもいったところでしょうか。未読の方がいらっしゃったら是非。今後どこかでちょっと寂れた雰囲気の「引越業」の看板を見かけたら「ひょっとして」と思ってしまいそう。
エラリイ・クイーン「黒い帳簿」
一人の麻薬王が牛耳る巨大な組織の全貌を明らかにする事実が事細かに書かれた重要な帳簿をニューヨークからワシントンまで運ぶという大役を担うことになったエラリイだったが、早速組織の人間に捕えられ、列車内で執拗な身体検査を受ける。エラリイと帳簿の運命は。命まで危険に晒しつつも、自らの練った計画が上手く行くことを信じ、堂々かつ飄々とした態度で悪党と対峙するエラリイがとても魅力的。どこか (アニメの) ルパンのような快活な楽しさがある。超短編ながら中身が濃くて満足度が高い。
H・ペンティコースト「もの言う子牛」
家計を助けるために大好きな子牛チャーリーを泣く泣く競売所へ連れてきたジェラードは、小屋で最後の別れを惜しみうちに眠りこけてしまう。すると突然背後から男に口を塞がれ「何を見た」と凄まれる。狼狽えた彼の目に飛び込んできたのは血まみれの死体で… ほぼ全員怪しく思える登場人物の利害関係が入り組んでいるため、最後の最後まで犯人がわからない複雑な物語だが、ミステリとしては地味な上に回りくどい感じがして途中で退屈してしまった。少年と子牛の友情、その少年に唯一優しく接する某男性キャラクターにほっこりする以外、特に記すことはなし。