Aira's bookshelf

書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

悪夢 (1941)

Story

全面鏡張りの八角形の部屋で錐を使って男を刺し殺すという不気味な夢から覚めたヴィンスは、

 

手首の引っかき傷、首筋の痣、男の服から引きちぎったボタンなど、夢が現実であったことを示す物的証拠を次々と目にしてすっかり動揺し、姉の夫で刑事のクリフに相談するが…

Aira's View

猟奇的な雰囲気の漂う生々しい殺人の悪夢が実は現実だったのでは…?という冒頭の急展開ですっかり心を掴まれ、否応なくグイグイと作中世界へと引きずり込まれる感覚が気持ちのよい短編。自他ともに認める遅読者のわたしが80ページをアッという間に読み終えてしまった。

自分自身を信じられず、苦悩のどん底へと突き落とされたヴィンスが、義兄クリフから疑われ、疎まれ、それでも決して諦めずに真実と向き合おうと勇気を振り絞って前進する姿に胸が熱くなる。ホラーとサスペンスの絡み合ったストーリーに、男二人の愛憎相半ばする感情が固い友情と信頼へ形を変えていく過程の描写も加わり、多面性の感じられる作品に仕上がっている。

常に自分を不完全で孤独な人間だと感じながら生きてきたウールリッチは、いつかどこかでクリフのような存在に出会いたいと願っていたのではないか…? そんな思いがふと頭をよぎった後では、なおのこと心に染みる一編となった。

悪夢 (ハヤカワ・ミステリ 776)