Aira's bookshelf

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書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

ローレンス・トリート編『スペシャリストと犯罪 アメリカ探偵作家クラブ傑作選 (8)』

(読了日:2019年7月25日)

まえがき

ミステリの世界で警察小説なるジャンルを切り開いた作家ローレンス・トリート。彼の持つ柔和さ・謙虚さ・勤勉さといった、人としての魅力が自然と伝わってくる、優しい言葉遣いに満ちた文章。アメリカ探偵作家クラブ傑作選で随一のまえがき。

スタンリイ ・コーエン「あいにくですが、グリッグズさん」

スキー場でリフトに座っている人間を次々とライフルで狙撃しては雪の積もった窪地へと死体を運んでいく謎の男の正体と目的は… サスペンス、スリラー、アクション、ユーモアがバランスよく融合した佳作。一人称の簡潔な文体が心地よい。

ジェイムズ・クロス「シュガーとスパイス」

ミシュランの三つ星を七年連続で獲得しているレストランの経営者兼料理長シャプタルには、厨房で働く者たちにも知られていない大きな大きな秘密があった。それを唯一知る人間は妻マリー・クロードだけで… ガラガラと足場が崩れ去る絶望感を味わう作。

スタンリイ・エリン「九時から五時までの男」

趣味雑貨商会を営むキースラー氏は毎日九時から五時まできっちりと働く生真面目人間。事務所で郵便処理を終えると急遽歯医者の予約を入れ、その後は徒歩で "顧客回り" へと出かけて行くが… これを表題作にした短編集が存在するのも納得の質の高さ。キースラー氏の言動をただひたすら淡々と事務的に書き連ねただけに見える文章から、何かよからぬことが起きようとしている、その瞬間が刻一刻と迫りつつある、という予感を確実に匂わせ、読み手の注意を一瞬たりとも逸らさせない。そうしたエリンの技術の高さには素直に舌を巻くしかなかった。必読作。

ジョーン・リクター「トウモロコシ畑の侵入者」

東アフリカで農業顧問をしているジャックは倉庫からトウモロコシの種子を盗んでいる者がいることに気付く。犯人を捕まえようと、早朝に毒矢を持って出かけるが… この作家はもれなく悲劇で終わるのが常なので、あぁやっぱり、しかない。消化読書。

ジェラルド・ハモンド「銃は語る」

銃器商キースは伯父から譲られた銃を売りたいと言う男が持ち込んだ散弾銃に気になる点を見つけたため、妻にこっそり合図を送って警官を呼びに行かせる。銃に隠された過去をあっさりと見抜くキースの職人ぶりに注目。夫婦で使う暗号が妙に家庭じみていて面白い。銃の改造や修理に関する蘊蓄がほどよく含まれているところも興味深い。小言の多い妻が仕事の面では夫を信頼していて、言われたことにはきちんと従う (ただしちょっとした仕返しは忘れない) という夫婦関係の描き方も気に入った。全体的に軽妙な雰囲気で描かれていて、息抜きにサラッと読みたい短編。

エドワード・D・ホック「マダム・ウーの九匹のうなぎ」

骨董店を営むマダム・ウーはベトナム戦争での暗い過去を背負う夫クローフォードが闘凧の試合に参加するたびに注意深く見物人たちの顔を眺めるのを不思議に思っていたのだが… 短編ながら人物をしっかり描いて物語に深みを与える技が上手い。

ウォーナー ・ロウ「支払いはダブル・ゼロ」

コリンズ氏の経営するホテルでディーラーとして雇われた美青年サムがルーレットを担当していると、ひたすら「23」に200ドルを賭け続ける奇妙な老人が現れる。何かが怪しいと感じたサムはコリンズ氏にその旨を報告に行くが… これは傑作。すっかり騙された。コリンズ氏の超人的な頭の良さに魅せられてうっとりしているところへ容赦なく繰り出されるキレッキレの捻り。ただただ瞠目するしかなかった。ロウの作品は垢抜けたユーモアに加えて人間に対する温かな愛情が溢れており、どんなオチでも決してイヤな気持ちにならないところが魅力的。ますますファンに。

ジョン・D・マクドナルド「ピンぼけ」

妻の葬儀を終えたフレッチャーは以前から親しくしていた裕福な未亡人ヘレンとともに新生活を始めるつもりでいたが、写真が趣味だという見ず知らずの貧相な男が突然やってきて… その男が撮影した一枚の写真が暴く真実と、写真そのものに隠された大きな秘密。練りに練ったプロットをたった7ページの超短編で過不足なく書き尽くす技術に感服。伏線の回収もきれいでスッキリした読後感を楽しめる。無駄のない書きっぷりが印象に残ったので短編集を探してみるつもり。

J・I・ムワゴジョー「金銭愛」

法外な金額の自動車保険を契約した直後に高級外車で事故を起こした男に対して本当に保険金を支払う義務があるのかを調べてほしいと保険会社の部長から頼まれた興信所のキドーチが男の身辺を調査していくと… さもありなんという平凡な内容で終わる一編でした。

ビル・プロンジーニ「〈シャドウ〉を集めた男」

法律事務所員コンウェイの趣味はヒーロー小説の主人公シャドウに関するものを徹底的に集めること。唯一入手できていなかった某雑誌をある日偶然に立ち寄った本屋で見つけた彼は幸せに咽びながらカフェに入り… シャドウ愛が高じて不思議なことが。プロンジーニはたまにお遊びが過ぎる気がするのってわたしだけでしょうか…

アル・ナスバウム「法廷弁護士」

勤務先の銀行から1万ドルを着服したルイーズから相談を受けた弁護士デービッドは、さらに9万ドルを彼女の口座へ移動するように命じ… ミステリを語る際にモラル云々を持ち込むのはナンセンスですが「こんな弁護士は廃業してしまいなさい!」と心底思うほどの後味の悪さ。

フランク・シスク「鉄のカラー」

かつては穀類の専売で巨額の富を築いた実業家であった老人ビセンテが、盲目の老人ミゲルに対して異様なほどに恭しい態度で接し続ける理由は何なのか。そしてビセンテの首筋を隠すように常に巻かれているネッカチーフの意味とは。全編に重苦しい物悲しさが漂う。このシスクという作家はクセが強いですね。以前読んだ「ギリシャ・リフレイン」もそうでした。独特の雰囲気で描かれる世界に入れるかどうかのハードルが結構高い気がします。

ヘンリイ・スレッサー「毒を盛られたポーン」

父親からチェスの天才児として育てられた少年マイローはクラブ・チャンピオンのクパーマンにだけは歯が立たなかった。今は遠くで暮らしているクパーマンの希望により、成人して現チャンピオンとなったマイローは郵便で彼と対決することになったが… 大人になってからもクパーマンを相手に苦戦を強いられ続けたマイローがふと目にした雑誌広告から思い付いた作戦は功を奏するのか?というスリルの先に、スレッサー流の冴えたひねりが待っている。勝ちに執着して「我を失う」マイローの心理に注目するとサイコ的な不気味さも味わえて二度と美味しい。

ジェラルド・トムリンスン「カナーシーの砲弾投手」

マイナー・リーグの優勝候補チームで活躍する不動の先発投手クネーベルが試合中に「照明の様子がおかしい」と訴えた後で急な乱調に陥る。彼の育ての親を自負する監督が慌てて医者と警官を呼ぶが… 監督の回想という形が物哀しさを引き立てる。トムリンスンは以前読んだ「ペナルティ」に続いてのスポーツもの。後味の悪さの中に微かにとぼけた風味が混じった前作と比べて、シリアスでストレートな苦味が妙に胸に迫ってきた。監督やチームメイトが受けた衝撃を想像すると切ない読後感に包まれる。

リチャード・プロッツ「キックの問題」

国際ダンス・フェスティバルに顔を出した踊り好きの警察署長モーヘッドは、ダンス研究家リーブがフロアに倒れ込んで急死するのを目撃する。フェス主催者の一人で医師のコロドニーによると、死因は動脈血栓とのことだが… ミスリードも謎解きも平板で残念。

スペシャリストと犯罪 アメリカ探偵作家クラブ傑作選(8) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

スペシャリストと犯罪 アメリカ探偵作家クラブ傑作選(8) (ハヤカワ・ミステリ文庫)