Aira's bookshelf

書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

シャーリイ・ジャクスン「お告げ」を読んで

昨日『街角の書店 18の奇妙な物語』(創元推理文庫, 中村融編) に収録されているシャーリイ・ジャクスン「お告げ」を読んだ。「くじ」など不気味な雰囲気の作品であまりにも有名なジャクスンが、まさかこんなにほのぼのとした小品を書いていたとは!今年一番の大きな驚きに襲われた。

直接顔を合わせたり言葉を交わしたりすることもないまま、お互いの人生に少なからず影響を与え合う二人の女性を描いた不思議な夢物語のように見えるが、実はこういうことは現実にいろんな人生のいろんな局面で幾度となく起きていることなのだろう。特に、人や物との出会いはその最たるものに思える。

しかし、誰かや何かと出会ったり影響し合ったりする以上の頻度で、誰かや何かの存在を全く認識しないまま生きていたり、ぎりぎりのところで出会わずにすれ違ったりしているのもまた事実である。わたしたちの人生はそうやって不器用ながらも一歩ずつ確実に前進しているのだと思う。

そんなことを考えてからふと日常に目を向けると、自分と縁のある人、目の前にある物 (ノート、鉛筆、パソコン、マグカップなど、そこにあって当たり前の存在) 、手に取って読んでいる本 (あるいは書棚や床に積ん読している本) 、心を震わせた映画、キレイだなと感じた景色… そういったものすべてがとても貴重で何物にも代えがたく思えてくるから不思議だ。

江戸川乱歩編『世界短編傑作選』がきっかけで毎日のように読むようになった海外アンソロジーに収録されている数多の作品たちとの一期一会。これからはもっともっと大切にしよう。

The Time of Her Life (1931)

(未邦訳作品につき『コーネル・ウールリッチの生涯』(早川書房) を参考に内容を紹介)

Story

友人と一緒に出かけたパーティーで、うんと歳の離れた裕福な作曲家ウィルビーから気に入られたポーリーンは、花束・本・衣服・手紙といった熱烈な愛情表現を受けるが、二人の関係がプラトニックなもの以上に発展することはなかった。なぜなら、ポーリーンはウィルビーの愛情とお金がもたらす副産物だけを愛していたからであり…

Aira's View

自分の虜になっている男に対して自分が持っている影響力の大きさに酔いしれるポーリーンのサディストぶりが目に余る。評伝著者によると「初期の作品群の中ではあらゆる意味で最低の作品」とのこと。あらすじを読んだだけでも筋立ての不味さや設定の無滑稽さが伝わってくる。

この小説の不恰好さの示すもの。それはウールリッチが自身の人生と向き合う時の不恰好さなのではないかと、ふと思った。ウールリッチが人生に対して覚えていた居心地の悪さが本作に溢れているからこそ、読んでいて辛く重苦しい気持ちになったのかもしれない。そんな気がした。