Aira's bookshelf

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書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

ルーシー・フリーマン編『殺人心理学 (下) アメリカ探偵作家クラブ傑作選 (5) 』

(読了日:2019年9月27日)

ジョージ・ド・ルースネー・リオン「不足の成分」

手荒れに悩む妻リリーのため、手に優しい石鹸作りに精を出すロジャー。あらゆる脂肪を用いて試行錯誤した末、ついに理想の石鹸が完成するが… はっきりと書かないことで見事な「奇妙な味」を出すことに成功した短編。のほほんとした狂気にゾッ。

ジェイムズ・ホールディング「コーナーバック」

運動場でタッチフットボールに興じていた小学生ジェリーに「君のお父さんとは知り合いだから家まで送ってあげる」と声をかけて車へ誘い込んだハバードは会話が進むにつれジェリーを「トム」と呼び始め… 狭い空間で急速に高まるサスペンスが秀逸。

エドワード・D・ホック「完全な犯罪のための完全な時機」

「完全犯罪などあり得ない」と言い張る十年来の友人ワズウォースに同意しかねるビリングズは「半年以内に実行してみせる」と宣言するが、その方法を考えてばかりいるうちに精神に異常をきたし… 辛口の皮肉が効いた結末が後を引く作品。

ジョゼフ ・ハンセン「犬」

元編集者のハワードは昔の仕事仲間で一度は振られた相手レイニイを街で偶然見かけて声をかける。自宅へ招いた際「君への想いは変わらない」と打ち明けたところレイニイは彼を避けるように。ところがある日ハワードが帰宅するとなぜかそこにはレイニイの姿があり… 70年代にゲイの保険調査員を主人公にした長編シリーズで人気を得たハンセンによる切ない短編。どの作品でも全体的に物静かで淋しげな空気を漂わせた男性が主人公。心に傷を負った美しい男性が自分を振った相手や昔の恋人への想いを捨てられずに苦悩する姿を美しく描写するハンセンにすっかり夢中です。

ジョー・ゴアズ「からかってるんじゃない?」

父から受け継いだ仕事を片付けるために見知らぬ街へやってきた主人公は、同じモーテルに宿泊中の美女から誘惑される。仕事の後で彼女と酒を楽しむが、あらゆることにケチをつけたがる性格が鼻につき始め… 主人公の職業がポイントとなる軽妙な短編だが、ミステリ好きの読者ならその職業とオチがすぐに読めてしまうかもしれない。ゴアズはジメッとした作品が多い印象で、どちらかというと苦手な作家だったけれど、本作で意外な面白さを味わえたのがよかった。

マイクル・ギルバート「コークスの山の下に」

若い頃から働き詰めだった会計士サムはかつて牧師館だった建物を買い取り、妻とのんびりした老後を送ろうと思っていたが、家の一番奥の薄暗い部屋から毎晩バケツ一杯の石炭を運ぶ役を命ぜられて以来、徐々に顕になる床の不吉な割れ目が気になり始め… 7ページ足らずのショートショート。石炭の残りが日に日に減っていくにつれて急速に高まっていく緊迫感を楽しめるが、ちょっとモヤモヤした終わり方なのが残念。ラストで妻に何か気の利いた台詞の一つでも言わせていたら「奇妙な味」として強烈な印象を残せたかもしれない。

ロバート・L・フィッシュ「一万対一の賭け」

ペテン師のハウゲンスはラスベガスのカジノで声をかけてきた男デュヴィビエから「友人所有の彫刻品を盗んで密輸してもらえたら二万ドル支払う」という賭けに誘われる。二ドルだけ払って参加を承諾したハウゲンスだったが… 船を利用した作戦が楽しい。

リチャード・デミング「ジョナサンとチャールズ」

大好きだった母を早くに亡くしたジョナサンは、過去に起きた出来事が原因で父を激しく憎んでいた。そんな父から受けた性教育のせいで屈折した性的趣味を持つようになった彼はいつしか別人格チャールズを生み出し… 不気味さに乏しくパンチなし。

ミリアム・アレン・デフォード「奇妙で悲しい物語」

盲目の医療事務員エヴァンジェリンが手術用メスで胴を刺されて死亡した。メスに指紋が残っていなかったことから他殺と断定したホールコム部長刑事は、彼女が視力を失う原因となった交通事故について調べたところ、ある男性の存在が明らかに… ホールコムは、やむを得ない理由から若い頃に苦労を味わった経験があり、罪を犯した若者たちを温かい目で見守ろうと努力する刑事。その正義感ゆえか、独善的な行動に走ることがあり、上司との間にすきま風が吹くことも。彼の行動をすんなり受け止められるかによって、話の面白さが変わりそう。

ドロシイ・S・デイヴィス「別居広告」

夫と別居中もしくわ離婚済みの女性ばかりが立て続けに三人も殺害された事件を捜査するフォックス警部もまた妻ナンシーと別居中。犯人に感情移入して捜査を進めるタイプの警部は、次第に妻の身が心配になり… 読み終わった瞬間「で、何?」と言いたくなった。

ジェイムズ・クロス「奇跡の手」

ギャンブルで父親の遺産まで食い潰してしまったアダムズは、葬儀屋に保管してあった犯罪者の死体から右手を切断、それを黒魔術の道具として使い始め、ポーカーで負け知らずとなるが… 短編ミステリは数多く読んできたけれど、ここまでグロな落とし前も珍しい。

ポーリーン・ブルーム「飼い殺し」

夫を亡くしてしばらくの間続いた弔問客が途絶え、知人たちとも疎遠になり始めた老女リーバは、子供たちの強引な勧めに従って三カ月の世界一周船旅に出るが… 何と不快な結末!夫をことを常に優先して生きてきたリーバの自立心のなさを皮肉っているのだろうか?

ローレンス ・G・ブロックマン「コフィ博士と天才児」

警部補マックスは、天才児の甥ジェイクが学校近くにある菓子店で日常的に甘いものを万引きしており、学校から注意を受けてしまったことを、友人で病理学者のコフィに相談するが… いくら天才児とはいえ、幼いジェイクの発揮する正義感がちょっとズレていてモヤモヤした。

ロバート・ブロック「スタニスラフスキー・システムの殺人」

小説を書くことにしか興味のない夫チャールズを疎ましく思い始めたアリスは、彼の作品に出てくる絞殺魔ドミニクの容姿が自分の愛人によく似ていることに気付き… ブロックの短編にしてはひねりが弱く、さもありなんという無難な展開。

メアリ・バーレット「ジョゼフィン・ライダーは言った」

愛する父親との二人きりの生活が大好きな少女アナベルは、急に家に出入りするようになった女性グロリアに対して強い憎しみを覚える。彼女が現れて以来、亡き母の思い出の品が次々と家から消え始めたことを父親に必死で訴えるアナベルだが… タイトルにある「ジョゼフィン・ライダー」が何者なのかを知った時に切なさがこみ上げる物語。母の死を乗り越えられない少女の痛々しさが胸に刺さる。

グロリア・エイモリイ「橋」

客を酔わせて金になりそうなネタを聞き出しては泡銭を稼ぐバーの経営者ジョンは、ある日一人でやってきた美しい女アンジェラから悲しい身の上話を聞かされる。ジョンはその件を今の婚約者に黙っていて欲しければ… と女に口止め料を要求するが… 主人公の腐った性根のおかげでアンジェラの人生が大きく動くところは何とも皮肉。彼女の将来に幸あれ! タイトルがいまいちピンとこなかった。

 

 

夜の闇の中へ (1987)

原題: Into The Night

訳者:稲葉 明雄

出版:ハヤカワ・ミステリ文庫


Story

生きることに何の意味も見出せないマデリンは、父親が遺した拳銃で自殺を図ることを思いつく。自分の人生に目的などというものがあっただろうか。これから見出すことがあるのだろうか。そんなことを考えながら、マデリンは拳銃をこめかみに当てて引き金を引くが…

Best of 風景描写

窓の前に、きらきら輝く明るい梯子があった。しかし、それは実在のものではなく、日光が浮かびあがらせる微片の塵がつくった幻の梯子で、まるで家事をする天使が登っていって、カーテンを吊るすために置いたというようなぐあいに、そこにあった。

Best of 決め台詞

「わたしには、奪われるような男なんていないわ。もしいたとしても、そんなに簡単に奪われるような男なら、熨斗をつけて進呈するわよ」

「いくら力いっぱい壁を押したって、一インチも動かなければ、なんの仕事をしたことにもならないのよ」

「甘ちゃんでいるより、辛辣でいるほうが、生きるのは楽よ」

Aira's View

ウールリッチの未完の遺作が、実力派作家ローレンス・ブロックの補綴によって日の目を見た。ブロックは以前より短編を中心に愛読してきた作家であるため、この二人がこのような形でつながっていたことと知っただけで、ずいぶんと胸が熱くなった。

本作は、思いがけず命を奪ってしまった相手スタアの人生を探り、同化し、命があれば彼女が成し遂げていたであろう復讐の代行者として生きる決意をしたマデリンが主人公。

彼女の抱える人生観・社会観・対人関係観には、ウールリッチ自身のそれらがくっきりと投影されているように感じた。死期 (彼にとっては「無」を意味する) が近いことを悟ったウールリッチが、この世に自分が存在した証しを何とかして残そうと悪戦苦闘していたかのようであり、彼が人知れず抱えてきたであろう「生」への執着や未練が、今まで読んだどの作品においてよりも強く表れていると思った。

風景や心情を表現する際にウールリッチが見せる、切ないまでに繊細で美しい筆致は、年齢とともにますます磨きがかかった。物語から切り離して単独で読んだとしても人の心を打つに違いないと思えるほどに印象的で意味深い文が次々と出てくるのも本作の魅力であろう。

ローレンス・ブロックは、どこからどこまでが彼による補綴なのか全くわからないほど、見事にウールリッチの特徴を再現している点では素晴らしいが、本編でこれでもかと漂い続ける絶望感や孤独感とあまりにもかけ離れた明るい結末を用意してしまったところは残念だった。 鋭いひねりがの利いた、ほろ苦い結末を愛するウールリッチ・ファンの口からは、多くのため息がもれたに違いない、と想像して自分を慰めた。

ただし、この不完全燃焼な感覚は、ウールリッチ本人が本作の結末に関して一度はメモに書き記した (ものの、後から本人が消去した) 重要な一文を知れば一気に解消する。未読の方、どうぞご安心を。

夜の闇の中へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

夜の闇の中へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

Don't Fool Me! (1935)

(未邦訳作品につき『コーネル・ウールリッチの生涯』(早川書房) を参考に内容を紹介)

Story

主人公ジューンは、あるパーティでヘレンと知り合いになる。ヘレンはお世辞にも美人とは言えず、礼儀の基本もわきまえないタイプにもかかわらず、事あるごとにマーヴィンという男性の名を持ち出しては「彼はわたしに夢中なの」と自信たっぷりに言うのだった。ジューンは空想上の恋人か何かだろうと戯言だと決めつけていたが…

Aira's View

不美人な女性に恋人などいるはずがないというジューンの思い込みから生まれたシチュエーション・ラブコメディ。サスペンスの巨匠がそんなものを書いていたのか!という驚き。結末は曖昧で、大した出来ではないとのことだが、そう言われるとむしろ怖いもの見たさで読みたくなってしまう研究生 (自称) なのであった…

The Body Upstairs (1935)

(未邦訳作品につき『コーネル・ウールリッチの生涯』(早川書房) を参考に内容を紹介)

Story

刑事ガルブレイズは、自宅で入浴していたところ、天井から血が滴り落ちてくることに気付く。上階の部屋へ立ち入ってみると、そこにはアイロンで頭を殴られて即死したと思われる女性の死体があり…

Aira's View

ウールリッチは、警察の人間が異常なまでにサディスティックな行為を公然と行う場面を多々描いており、それが彼の作品を彩る特徴の一つとなっている。本作においても、自白の強要、誤認逮捕、身体的・精神的暴力といった、刑事の残酷性の描写が目立つ。

Spanish―And What Eyes! (1935)

(未邦訳作品につき『コーネル・ウールリッチの生涯』(早川書房) を参考に内容を紹介)

Story

大学生ロディは、21歳になる前に米国人と結婚したら叔母から200万ドルの遺産を相続できる権利を有する立場にあったが、彼が好きになるのは外国人の女性ばかりであった。そうした事情を知った悪女ウクレレは、友人ドリーを巻き込んで、ある作戦を実行するが…

Aira's View

若さゆえ後先を考えずに恋に落ち、大急ぎで将来を決めようとする学生たちを描いたドタバタなロマンス小説。ウールリッチのことだから、皮肉に満ちた結末で締めくくったのだろうか。それとも…?