Aira's bookshelf

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書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

ミシェル・スラング編『レディのたくらみ アメリカ探偵作家クラブ傑作選 (2) 』

(読了日:2018年10月16日)

01. ジョイス・ハリントン「二人姉妹」

仲良く一緒に暮らす姉妹のマージョリーとオードリーは男性の理想が異常に高いせいでどちらも良縁に恵まれないまま中年の域に。そんなある日、マージョリーは一人で出かけたバーで声を掛けてきた老紳士と急速に親しくなって互いに結婚を意識するようになるが… 姉以外には特に誰とのつながりもない閉鎖的な人間として日々を過ごしてきた妹オードリーの偏狭で屈折した心理が不気味。姉に対する嫉妬や執着がないまぜになったドロドロとした感情はもちろんだが、そんな内面を抱える妹に対して驚くほど無頓着な姉の側にも異常性を感じる。姉妹の相互依存性がホラー。

02. エドワード・D・ホック「二度目のチャンス」

組立工員キャロルが風邪で欠勤してベッドで休んでいたところ、玄関の鍵をこじ開ける音とともにスーツにアタッシェケースという出で立ちの男性が現れる。退屈を忌み嫌うキャロルは空き巣狙いというスリリングな方法で生計を立てるトニーに惹かれ始め… 悪い男に認められたい/愛されたいあまり道を踏み外す女性は時代と場所を問わず重宝する設定なのだな… というのがまず最初の印象。腹を決めた女は強い!と思わせる部分も。人生やり直しのチャンスってコレのことかな?と匂わす場面から更なる展開がある。ぼんやりと光の差す結末がホックらしくて好き。

03. フランク・シスク「ギリシャ・リフレイン」

婚約者が行方不明になったという女性から調査依頼を受けた弁護士チャールズ (都合により苗字省略) は、この世のものとは思えぬほど美しく贅を尽くした豪邸「サーシース・アイル」の女主人ミリセントに会いに行くが… ファンタジー寄りの「奇妙な味」。今まで読んだどんな短編とも異なる不思議な雰囲気を持った作品。初めは建物や庭の描写に長々と文章が費やされてじれったい思いをさせられるが、ミリセントがチャールズに高級シャンパンをふるまう辺りから漂い始める「何かがおかしい」という予感が「やはりそうか」に変わるまでのトリップ感を楽しむ。

04. ジェイムズ・ヤッフェ「ママは何でも知っている」

自称ダンサーの美女がホテルの一室で殺された。クラークとエレベーターガールの証言により、容疑者は事件当日に女の部屋に入った男性三人に絞られたが、捜査はそこで行き詰まりに。困った刑事デイビイは警察顔負けの推理力を誇るママに相談する。出た、刑事として冴えない上に妻の尻に敷かれっぱなしでなおかつマザコンという、わたしの海外ミステリ史上最もどうしようもない男性キャラクターのデイビイ…!愛しのママが名安楽椅子探偵なのは認めるけど、もうちょっと自分で頑張った方がいいんじゃないかしら。

05. ローレンス・トリート「ろうそくの炎」

主人公は腕に怪我を負った妻のために掃除婦として若いヒッピーの女性アマンダを一時的に雇うが、彼女は主人公が愛用するエッグスタンドをろうそく立ての代わりにしたり、ユリの花を浮かべた水に食器を浸して洗ったり、風変わりな行動ばかりが目立ち始めて… 「警察小説の父」トリートがフラワーチルドレンに関する作品を残していたことに純粋に驚く。同じ人間でありながらまともに他者と意思疎通ができないほどのエキセントリックさを持つアマンダが不気味。彼女に翻弄されつつも解雇することができずにいる主人公夫妻も然り。何とも言えない後味が残る一編。 

06. ドロシー・A・コリンズ「キッチン・フロア」

酒浸りで暴力的な夫のせいで足首を痛めてしまった主婦ミルドレットのせめてもの楽しみは、その日にやるべき事のリストを真っ白な紙に書き、それをひとつひとつ上から順に横線で消していくこと。杖が欠かせない彼女がリストに書いた FC と KF とは…? 以前「レシピー控え帖」という短編でもそうだったが、メモ好きで几帳面な女性を主人公にして、彼女が暮らす家という非常に狭い空間においてジワリジワリと「その時」が迫りくる緊張感を楽しませる話が非常に上手いコリンズ女史。ルース・レンデルを少しカラッとさっぱり歯切れよくしたような雰囲気。ただ、読み終わってからタイトルをもう一度眺めた時に、ボタンを掛け違えたシャツのような違和感が残ってしまうのが、彼女の短編でいつも気になるところ。言いたいのはそこじゃないんだよね… というモヤモヤ。少しなんだけど致命的に何かがズレていて気持ち悪い。内容はとても好みだから我慢するか。

07. モリス・ハーシュマン「ガールフレンド」

自宅で売春を行なう母親に言われるがままに上客の相手をして家計を支える手伝いをしてきた美少女アリスは、学校で生徒会長を務める育ちのよい少年ロンと恋仲になる。いよいよ憧れのロンと男女の仲に… という時になって彼女がとってしまった行動とは。二人の男性 (ネタバレするので職業は伏せます) が沈黙の中で気持ちを共有し合うラストの場面が印象的で、この話をより一層切ないものにしている。この二人がシリーズものだったらいいのにな、と思わざるをえなかった。

08. スーザン・ダンラップ「二重の危険」

大企業の副社長として第一線で活躍を続けてきた姉ウインの入院中にアパートの留守を預かることになった双子の妹リンが何者かによって執拗に命を狙われ始め… 真実を悟ったリンを包む恐怖がヒタヒタと読者にも迫りくる。大胆かつ緻密な伏線が主役のスリラー。

09. スタンリイ・エリン「いつまでもあかんぼじゃいられない」

主人公ジュリーは寝室で微睡んでいたところを革手袋の男に襲われて顔に大ケガを負ってしまう。歳の離れた夫、警部、地方検事から次々と質問を受けても何一つ自信を持って答えられない彼女の心の弱さが事件を思わぬ方向へ動かしていき… 意志薄弱で独立心のないジュリーが周囲の圧力から解放されたいという理由で早々に真実の追求を放棄してしまう展開に加え、捜査する側の人間がみな自身の今後の身の振り方などを計算して動いているにすぎないという設定が薄ら寒い。エリンらしい辛辣さがピリッと冴える一編ながら冗長さだけは否めない。ジュリーのようなタイプの人間が苦手だと感じる読者にとってはイライラがひたすら続いてなかなかしんどいかも。実際、わたしはずーっとイライラしながら読みました。エンディングをどう捉えるかは読み手の心情や生理的な好みによって案外大きく変わるのでは。読書会で話し合ったら面白そうな一編です。エリンの持つ、社会に存在するさまざまな職業や性格の人間を真っ直ぐには見ない才能って、本当に面白いな… と思います。(ごくごく親しい相手と接する時だけはそれをパチッと OFF にできるのかしら… などと考えたり)

10. ドロシイ・S・デイヴィス「ノリス夫人の観察」

靴紐が解けそうになっていることに気付いてしゃがもうとすると突然目の前に老女の足がドシンと踏み下ろされ「それは私が先に見つけたのよ!」と怒鳴られて驚くノリス夫人。お互いの持つ訛りが縁となって二人は一緒に昼食をとることになったのだが… 何だろう、この、終始ピントのズレた映像を見させられているような気持ちの悪さ…!感想として何を書いたらいいのかさっぱり思い浮かばない。何しろ結末が「えっ?何?描きたかったのはそっちなの?」というもので、家にちゃぶ台があったらひっくり返していたであろうほどの納得のいかなさ。消化読書。

11. ジョシュ・パークター「殺人へのご招待」

「まもなく夫が殺されます」との手紙をアボット夫人から受け取ったブラニアン主任警視は彼女の家へ向かう。リビングには植物状態でベッドに横たわるアボット氏の姿が。その周囲にはブラニアンがよく知る裁判官や検事といった法の番人が11人も揃っており… 久々に作りのしっかりした硬派なミステリを読んだという手応えをくれた短編。時計の針が進む音が耳元に聞こえそうな見事な緊迫感。衆人環視の中で一体どんな方法を用いた殺人が行われるのだろうか?という戸惑いをブラニアンたちと同様に抱え込んだ読み手が最後に突き付けられる衝撃の「決断」とは。

12. スタンリイ・コーエン「レッタ・チーフマンの身代金」

時間をかけてチーフマン夫妻の生活習慣や行動範囲を調べ尽くしたハリーとバートは満を持して夫人の誘拐に乗り出す。離婚を控えた夫から身代金支払いをあっさり拒まれた二人は、贅沢な暮らしに慣れきった夫人の口うるさい要求に悩まされ始め… 妻を助ける気がない夫とわがままな妻に振り回されるうち、徐々に計画が崩れて不利な立場に追い込まれていく誘拐犯コンビが放つ起死回生の一手とは。遊び心に満ちたコミカルな一編だが、特に強く印象に残る類のものではなかった。消化読書。

13. リチャード・デミング「スパゲッティはいかが」

とある死傷事件の犯人を有罪にするために欠かせない証人として警察の保護下にある建築技師ジェドと妻マーシャ。ジェドが見張り役の刑事とともに退屈しのぎに釣りへ出かけた直後、地方検事の部下だと称する二人組の刑事マイナーとトビンが現れて… おっとりした天然妻かと思いきや中盤からの展開で肝の座ったところを見せてくれるマーシャが魅力的。自称刑事の二人組に漂うコントめいた雰囲気が終始おかしみを生む。機転の先に待つ更なる腹落ち感もよい。各人の性格がしっかりと肉付けされているため、実際の長さ以上に充実したストーリーに思えた。

14. マーガレット・ミラー「谷の向こうの家」

人里離れた山の中に建てた家で静かな暮らしを楽しむボートン夫妻と娘キャシー。谷向こうに新しい家が完成した頃から徐々に彼らの日常が狂い始めていく。その家に住むスミス夫妻と急速に親しくなったキャシーは小学校へも行かずに彼らと過ごすようになり… ボートン家に漂う不穏な空気がじわじわと濃くなっていく過程が上手く、その先には思わず「夢か現か幻か…」と呟きたくなる不思議で不気味なエンディングが待っていたが、自分好みの「奇妙な味」とは趣きが異なっており、読後には若干の消化不良を感じた。

15. キャスリーン・ハーシイ「世間体の対価」

高級住宅街に住んでいるフリーの寄稿家である主人公は、近くの豪邸に暮らす銀行頭取のマーシャルが抱える大きな秘密に気付いている唯一の人間であり… うーん、これは拍子抜けなショートショートだった。特にミステリでもないと思うし。消化読書。

16. リチャード・A・ムーア「プライドの問題」

妻マーサから急に離婚を切り出されたエドは彼女が言っていた「秘め事」の相手を探るべく尾行してみると、何とそれが事もあろうに自分の親友フランクであることが判明し… 一つの大きな波が過ぎ去った後に控えている驚きの事実の中身と明かし方が上手い。

17. L・フレッド・エイヴァジアン「話し上手」

ある屋敷の寝室の中身が丸ごと売りに出された競売でロマンス小説本を落札したソフィは、その本の中に一通の手紙が挟まれていることに気付く。その手紙はエリザベスという女性が夫ワルターに離婚の意思を伝えるために書いたものらしく… 最悪の読後感。入れ子式に語られるワルターとエリザベスの関係性がわかりにくい上に、偶然に手紙を見つけただけのソフィの出しゃばり具合がものすごく不快に感じられ、最初から最後までモヤモヤしっぱなし。ワルターはもっと素直にエリザベスに愛情表現すべきだった。後から「ああすればよかった」ではダメなのよ〜!

18. ジョーン・リッチャー「ゼム島の囚人」

インド人を大量虐殺して権力を手に入れたアフリカ人首相マサカの下、英語に不自由がないという理由から否応なく観光局監督官として働かされているインド人のラスは、海洋生物研究のために島を訪れる米国人女性ジューンの案内役を担当するよう命じられたが… 家族を皆殺しにした男のために働かざるを得ないラスの暗い毎日にジューンがもたらしたのは微かだが確かな希望の光。その光に手を伸ばせば囚人同然の今の暮らしから抜け出せるかもしれないと期待することで正気を保とうとした彼を待ち受ける運命とは。政治が人の一生を狂わせる酷さに苦い気持ちがする。

19. コーネル・ウールリッチ「悲鳴を上げる本」

図書館司書プルーデンスは、ある中年女性によって返却されたばかりのロマンス小説の41・42ページが破りとられ、43ページには細かな切り込みが多数つけられていることに気付く。何事にも白黒つけないと気が済まない性格のプルーデンスがとった行動とは。失われたページが示す犯罪の正体を突き止めるべく、彼女が警察顔負けの推理力と行動力で「捜査」を進めていく姿が逞しい。初めは話をまともに聞きもしなかったマーフィ警部補が次第に彼女の真剣さと利発さに心を動かされていく。一気に事件の核心へ迫る終盤からは作者の筆の勢いが感じられる。

レディのたくらみ (1982年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

レディのたくらみ (1982年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)