(読了日:2017年4月21日)
ローレンス・トリート「殺人のH」
車での長距離移動に同乗者を求める新聞広告がきっかけで意気投合したタンシイとギルフォードの女性二人組。誰かと電話で話した後、タンシイは一人でモーテルから姿を消す。ギルフォードから相談を受けた警察が調べると、タンシイの絞殺体が車内から見つかり… 刑事ミッチ・テーラー、警部ビル・デッカー、科研ジャブ・フリーマンの三人が役割分担をして淡々と調べを進める様子を描いているだけだが、どこかとぼけたような愉快な雰囲気があって明るく楽しめる作品。警察小説の父と呼ばれたトリートの明かす警察の捜査手法がわかりやすいため、初心者におすすめ。
シャーリイ・ジャクスン「悪の可能性」
最も古くからその街に住んでいる老婦人ストレンジワースは街全体が自分の物であるかのように錯覚しており、住人に対して一風変わった方法で正義感を発揮し始めるが… 限られた世界で生きてきた人間による独善的行為がもたらす不愉快さといったらもう…!
リース・デイヴィス「選ばれたもの」
偏屈な老婆が所有する土地にあるコテージを借りて先祖代々暮らしてきた一族の青年ルフスは恋人との結婚を控える身だったが、突然老婆から賃貸契約を打ち切ると手紙で告げられる。住む家がなくなっては結婚も危うくなるため、青年は交渉をしに老婆を訪ねるが… 老婆による青年への異常な執着が不気味なのはよいが、その根拠や意味がわからないまま終わってモヤモヤする。「奇妙な味」に属することは理解できるが、自分好みの「奇妙な味」とは一致せず、特に心を揺さぶられることはなかった。どこを宙ぶらりんにするかの基準が作者のそれと合わないのだと思う。
エドワード・D・ホック「長方形の部屋」
大学構内にある学生寮の部屋でローリングスという学生が心臓を刃物で刺されて死亡した。容疑者はルームメイトのマクバーン。彼は20時間以上もの間ローリングスの死体とともに部屋に閉じこもっていたという。レオポルド警部がマクバーンの意図を探る。レオポルド警部は好きなキャラクター。さてさて今回はどんな捜査をするのか?と思っていたら拍子抜けするほどに短い一編だった。関係者の証言を丁寧に聞く以外には「何かあるぞ」と知らせてくる自分の勘だけを頼りに地道に事件に取り組む。レオポルド警部の場合は意外性のなさが好ましく感じられる。
ウォーナー・ロウ「世界を騙った男」
ウォーナーの家に突然大叔父フランクがやってきて、もう自分は先が長くなく他に行くところもないのでしばらく住まわせて欲しいと願い出る。彼が亡くなった後、ウォーナーが遺品整理をしてみると大叔父の波乱万丈の人生を明かす手記が見つかり… これは傑作。ちょっとでも手記の内容を書くと面白さを損なう気がするので何も書かないでおくけれど、あはは (思い出し笑い) 、あーおかしい、こんなにクスクスと笑える短編はめったにお目にかかれないと思う。映画やテレビの世界で活躍していた作者だけあってプロットが見事だし、場面の切り替えも上手い。文庫で50ページを超えてくる長さなのに一ヶ所もダレるところがなく、読み始めたら途中では絶対に手を止められない面白さ。どうやって世界を騙ったのかは読んでのお楽しみ。
ジョー・ゴアズ「さらば故郷」
父親の容態が芳しくないと知らせる母親からの手紙を受け取ったクリスは脱獄に成功して実家へ戻る。ほとんど眠らずに父親のそばに付き添い、臨終の瞬間にも立ち会った。追っ手が迫っていることを感じつつも未だ立ち去りがたく、葬儀にまで参加したクリスだったが… 自分以外の家族が知らない父親の側面を子どもの頃に見てきたクリスなりの弔いを捧げる場面が胸に迫る。ゴアズを読むのは2回目。ハードボイルドな要素が少なめなせいか、前回よりも好感触だった。
M・F・ブラウン「リガの森では、けものはひときわ荒々しい」
8ヶ月前に心臓発作を起こして以来、週一度の血液検査と抗凝血剤の服用が欠かせなくなったキャサリン。彼女の頭の中で繰り広げられるとめどない回想と精神崩壊の様子を描く。なぜこれがエドガー賞を獲ったのかが不思議でなりません。
ロバート・L・フィッシュ「月下の庭師」
巡査部長はウィリアムズ夫人からの「隣家に住む女性が消えた」との訴えを受けてしぶしぶながら捜査を始める。チャーリイという男に会い、妻はシカゴにいる弟のところへ行ったとの証言を得るが、血のついた斧や地下室のコンクリートなど怪しいものがあり… ほのめかしが散りばめられた大人向けの作品。ある意図を持って警察の目を眩まそうと実行される作戦の数々が巧みで、最後は「そういうことか!」と膝を叩きたくなること請け合い。まだまだ勉強不足なわたしはオチがわからず、Kさんに解説をお願いしてようやく面白さを理解しました。もっと成長したい。
ジョイス・ハリントン「紫色の屍衣」
毎年夏になると芸術村へ出かけて休暇を過ごすムーン夫妻。夫は学生たちに絵画を教え、妻は機織りに没頭するのが習慣。夫は今年もまた若い女学生とひと夏の戯れを楽しんでいることを知っている妻は… 妻の鼻歌でも聴こえてきそうなラストに背中が涼しくなる。
ハーラン・エリスン「鞭打たれた犬たちのうめき」
ある夜、ベスは窓を開けようとしてアパートの中庭に腕から血を流してフラフラと歩く女の姿を見つける。追ってきた男がナイフを執拗に突き立てて彼女を殺すまでの一部始終を目撃したベスは恐怖に震える。ふと異様な霧に気付いて頭上を見上げると… 陰惨な事件に立ち会うかのようにじっと中空に浮かんでいた得体の知れない巨大な二つの目は一体何なのか。都会で信仰を知らずに生きてきたベスが大いなる力の存在に気付き、戸惑い、恐れおののき、そして目覚めるまでの姿を描いた異色作。宗教と幻想の要素が強いため、読者を選ぶかもしれない。
ルース・レンデル「カーテンが降りて」
母親がことあるごとに口にする「あのぞっとする晩」に自分の身に一体何が起きたのか。リチャードは全く思い出せないまま大人になった。ある日、昔祖母が住んでいた家の近くへ車で行ったリチャードは、あの頃の自分のように一人で遊んでいる少年を見つけ… レンデルはいくつか短編を読んだけど毎回ハズレなく後味が悪い。特に母親と息子が出てくる話は屈折ぶりが病的で、こちらの頭がどうかなりそうになる。今回も息子を束縛し続けた母親だけは常に「母親」であって名前が決して明らかにされないところにリチャードの深い闇 (もしくは病み) を感じた。レンデルの後味の悪さは、ジャクスンやブランドあたりとはちょっと違うんですよね。小説として割り切れないイヤらしさというか何というか… グジュグジュとした膿のような感じがあります。
ジェシ・ヒル・フォード「留置所」
知人に譲る農機具を探しに祖母の農場を久々に訪れたジムは、納屋の奥に隠すようにしまわれている埃を被った赤い車を見つける。ジムを巻き込むことを嫌がってなかなか事情を話そうとしない召使いのヘンリーだったが、ようやく車の主ルーベンについて語り始め… 素晴らしき不可解さを持った一編。わたしが好きなのはこういう怖さなのです。根本から何かが完全に狂っている閉鎖的な環境で生まれる狂気。まったく無害なつもりでとんでもないことを長年続けている人間。あぁ面白かった。5点満点のところ10点をつけました。
エタ・リーヴェス「恐ろしい叫びのような」
ぺピートは優しい姉のリタが大好き。家計を支えるため彼女が夜の仕事を始めた時には子どもながらにショックを受けた。嘘だと信じたかったが、街でリタのことを噂する男の声を聞いてついに現実を受け入れざるを得なくなったぺピートは… 愛する人が (いくらやむを得ない事情からとはいえ) 汚されていくのを見るのが辛いというぺピートの姉に対する純粋な愛情とその表現方法が切ない。
トマス・ウォルシュ「最後のチャンス」
神父という職業を捨ててからは飲んだくれの中年男に成り下がったパードレは、酒場で顔なじみになったジャックからある事を頼まれる。強盗を働いて大金を独り占めした元服役囚が死にかけているため、告解を聞いて金の在り処を探って欲しいというのだが… 以前読んだ作品でも、職業人としての誇りを捨てて道を踏み外した人間の悲哀を描いていたウォルシュ。今回も神父としての誇りを取り戻せるかどうかの瀬戸際に追い込まれた男が主人公だった。何かよほど人間と職業の関係というものに思うところがあるのかしら。作品が似たような雰囲気になりがち。
バーバラ・オウエンズ「軒の下の雲」
過去から逃れて新しい暮らしを始めたアリスによる日記。アパートの住人との付き合いやドラッグストアで見つけた仕事も順調で、このまま何もかも上手くいくかに見えた新生活だったが、徐々にアリスは不安定になっていき… 文章が壊れだす終盤〜最終行の衝撃。
ジェフリイ・ノーマン「拳銃所持につき危険」
求人広告を見て面接に行った主婦サンドラが求人主に強姦された。被告弁護士が「女の方から誘った」と陪審員に誤解させる弁論のせいで犯人は無罪に。サンドラはうつ状態にあったが、ある日急に清々しい表情が戻り、夫に射撃の指導を頼むのだった… 警官にも検事にも親身になってもらえず日々憔悴していくサンドラの姿は女としては辛いものがある。事件が事件だけに夫の戸惑いも、妻のためを思ってすることが空振りになる虚しさもよくわかる。ある目的が見つかってからのサンドラの復活が見事。みるみる逞しくなっていく彼女は見ていてスカッとする。
クラーク・ハワード「ホーン・マン」
惚れた女の犯した殺人の罪をかぶって16年の刑期を務め上げたディクスを待っていたのは、彼の祖母や母に長年仕えていたレイニー老人。ディクスは再会を約束した例の女に会いに行こうとするが… 渋味のある名作。ディクスを優しく見守る人たちの愛情に胸熱。