(読了日:2019年8月21日)
ドナルド・A・イエーツ「さらばわが愛、わが人生」
ポッターは長年想いを寄せ続けた女性が別の男性を選んだことをひどく恨み、ついに彼女を殺す決意をする。たった5ページのショートショート。ドラマ性が高いが、女性の正体が中盤で予想できてしまい、結末の衝撃が薄れるのがもったいなく感じた。
トマシーナ・ウィーバー「ベティの楽しみ」
生意気な少女は世の中から"除外"すべきと信じるロジャーは今日もベティを誘拐して家に連れ帰るが、彼女は里親に育てられたために大人を軽蔑しており、ロジャーの言うことを何一つ聞こうとせず… 驚きの結末から先を想像してゾッとするのが楽しい一編。
エディス・L・テイラー「われは判事、われは陪審」
麻薬常習者の学生ギニーが厳格なことで知られる学部長コリンズを殺害した後、線路に飛び込んで自殺した事件を、推理小説大好き女学生サリーがあっさり解決。そんなに何もかもわかってたまるか!と、生意気盛りの小娘に大人気なく反発して終了。
ジュリアン・シモンズ「人格の実験」
勤め先の出版社で知り合った作家から風変わりなパーティーに招かれたメリザンドは、他の参加者とともに全身をすっぽり包んで誰が誰だかわからなくなるゴム製の服に着替えさせられる。正体を隠すと人はどんな行動に出るのかを調べる実験だというのだが… 誰だか知られることはないという安心感・解放感よって日常生活では封印されている本性や欲望が表出する話は映画などでも見てきたけれど、自分や家族や知人友人はどんな行動をするんだろうか?などと考え始めると面白い一方で、たとえ現実に体験したとしても答えは絶対に知りえないところがすごく怖い。
エリナー・サリヴァン「つのりゆく苦痛」
子供を母親のところに預けて海辺の別荘で二人きりの休暇を過ごすラルフとハリエットだが、些細なことでの口論が絶えることはなく、日に日に不協和音が大きくなっていき… ハリエットが他人事のように◯◯するのがよい。家庭内ドロドロの短編は好きです。
ジェイムズ・O・サージェント「殺人のための出会い」
同じ病院で同時期に生まれたモリーとロイド。22年後に再会したことで二人の運命は悲劇へ向かって突き進んでいく… 「殺人◯日前」とカウントダウンしていく形式がサスペンスを盛り上げるが、ラストの間の抜けた雰囲気が蛇足に思えてならない。
エラリイ・クイーン「奇跡は起る」
寝たきりの娘の介護で家計苦のヘンリーは高利貸のタリイに突然呼び出されて借金全額を直ちに返済するよう求められる。呆然と事務所を後にしたヘンリーだったが、数日後、身に覚えのないタリイ殺害容疑で逮捕されてしまい… 伏線が目立つので謎解きはシンプル。
ビル・プロンジーニ「バターミルク」
猛暑の中、謎の頭痛に悩まされ続けるタラント氏は、不快極まりない飲み物のバターミルクを恍惚とした表情で飲む妻ややたらとよくしゃべる隣人に対して苛立ちが募る一方で… 日常の些末な事柄への不満が積もり積もるとこうなる、というお手本を描いた超短編。プロンジーニは「一回きりの楽しみ」の名手だと思う。じわじわ… じわじわ… バァン!!!という最後の爆ぜ方が上手くて面白い。ただしインパクトが強くて記憶に残りやすいため、同じレベルでの楽しみを二度と得られないのが淋しい。だからいつも一回目を全力で読む。
J・F・ピアス「孤独な人びと」
同じ場所で立て続け発生した自動車事故の犠牲者は、もれなくナイフでひどく傷付けられていて、現場には必ず本の引用分のメモが残されていた… 主人公の心理がよくわからなかったことに加えて、読み終わっても解消しない疑問も複数あり、モヤモヤしたものが残った。
チャールズ・ノーマン「オオヤマネコ」
同じ宿に泊まっている女性たちが噂するオオヤマネコの存在に終始懐疑的な立場をとっていた主人公だったが… これのどこが「殺人心理学」なのだろう??? よくわからない話だった。
デヴィッド・モントロス「可愛い依頼人」
探偵アダムスのところへ娘のクラスメイトである少女メアリーがやってきて、虐待の罪での服役を終えた後に誰かの子を妊娠したらしい実の母親に伝えたいことがあるから探してほしいとの依頼をするが… 大人を信じられないメアリーの心の闇を思うと苦しくなるが、決して彼女を見捨てないアダムスの優しさが救い。信じてもよい大人だっているのだと彼女が気付いてくれたら…と願わずにいられない。しかし、子どもが出てくるミステリに多い、あのザラザラとした後味の悪さは消えず、重苦しい読後感に包まれることしばし。
ヘレン・マクロイ「カーテンの向こう側」
長い廊下の先に垂れ下がる重くて暗いカーテンの手前で恐怖に襲われる悪夢に8ヶ月も悩まされているレティは、医師と話し合いを重ねるうち、夫の元妻が服毒死を遂げた日からその悪夢が始まったことに気付き… 真相が明かされた後に長々と続く解説が興ざめ。悪夢と思っていたものが実は…!と突きつけるだけで他には何も書かない方が怖さや不気味さにどっぷり浸れてよい気がする。ストーリーは凝り性な感じのねっとりしたイヤミスでどんどん引き込まれるけれど、ラストで筆者による分析のような文章が数ページにわたって続くところは辟易してしまった。
ハロルド・Q・マスア「密告者の報酬」
隣人ハーヴェイから会社の帳簿に関して相談を受けた弁護士ラーキンは、足繁くハーヴェイ宅を訪れるうちに彼の妻と肉体関係を持つようになり、やがて結婚まで望み始めるが… リズミカルに二転三転するストーリーに艶っぽい男女の絡みというスパイスが効く。
デイナ・ライアン「ベッド」
海外で一年間の休暇を過ごす教員ローラから家を自由に使っていいと言われた友人テッサは一人で静かな暮らしを楽しんでいた。しかしある日突然、ローラの教え子だという女学生ロンダが現れ、自分もこの家を好きに使っていいと言われたのだと主張し始めて… どちらがベッドで眠るかを巡って繰り広げられる女同士の戦いが凄まじい。そもそも他人のものであるベッドに二人してこれほどまでに執着するのが不気味。他人と張り合うことで自分をどんどん苦しめていく人間の醜さ・愚かさがこれでもかと描かれており、とにかく後味の悪い一編。イヤミス好きにはオススメです。
ミリアム・リンチ「嫉妬」
流産をきっかけに夫との間に隔たりができてしまったローダは、近隣に住む絵に描いたような幸せ夫婦たちへの憧れが非常に強いせいで、自分だけが夫との不仲に悩んでいる現実をなかなか受け入れられず… ローダの断片的な思考の流れに沿って話が進むため、全体像がなかなか見えてこなくてやきもきさせられるが、その理由も含めて全部が明らかになった時の衝撃はなかなか。ジョン・コリアあたりが好きな人は読んでみるといいかも。