Aira's bookshelf

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書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

夜の闇の中へ (1987)

原題: Into The Night

訳者:稲葉 明雄

出版:ハヤカワ・ミステリ文庫


Story

生きることに何の意味も見出せないマデリンは、父親が遺した拳銃で自殺を図ることを思いつく。自分の人生に目的などというものがあっただろうか。これから見出すことがあるのだろうか。そんなことを考えながら、マデリンは拳銃をこめかみに当てて引き金を引くが…

Best of 風景描写

窓の前に、きらきら輝く明るい梯子があった。しかし、それは実在のものではなく、日光が浮かびあがらせる微片の塵がつくった幻の梯子で、まるで家事をする天使が登っていって、カーテンを吊るすために置いたというようなぐあいに、そこにあった。

Best of 決め台詞

「わたしには、奪われるような男なんていないわ。もしいたとしても、そんなに簡単に奪われるような男なら、熨斗をつけて進呈するわよ」

「いくら力いっぱい壁を押したって、一インチも動かなければ、なんの仕事をしたことにもならないのよ」

「甘ちゃんでいるより、辛辣でいるほうが、生きるのは楽よ」

Aira's View

ウールリッチの未完の遺作が、実力派作家ローレンス・ブロックの補綴によって日の目を見た。ブロックは以前より短編を中心に愛読してきた作家であるため、この二人がこのような形でつながっていたことと知っただけで、ずいぶんと胸が熱くなった。

本作は、思いがけず命を奪ってしまった相手スタアの人生を探り、同化し、命があれば彼女が成し遂げていたであろう復讐の代行者として生きる決意をしたマデリンが主人公。

彼女の抱える人生観・社会観・対人関係観には、ウールリッチ自身のそれらがくっきりと投影されているように感じた。死期 (彼にとっては「無」を意味する) が近いことを悟ったウールリッチが、この世に自分が存在した証しを何とかして残そうと悪戦苦闘していたかのようであり、彼が人知れず抱えてきたであろう「生」への執着や未練が、今まで読んだどの作品においてよりも強く表れていると思った。

風景や心情を表現する際にウールリッチが見せる、切ないまでに繊細で美しい筆致は、年齢とともにますます磨きがかかった。物語から切り離して単独で読んだとしても人の心を打つに違いないと思えるほどに印象的で意味深い文が次々と出てくるのも本作の魅力であろう。

ローレンス・ブロックは、どこからどこまでが彼による補綴なのか全くわからないほど、見事にウールリッチの特徴を再現している点では素晴らしいが、本編でこれでもかと漂い続ける絶望感や孤独感とあまりにもかけ離れた明るい結末を用意してしまったところは残念だった。 鋭いひねりがの利いた、ほろ苦い結末を愛するウールリッチ・ファンの口からは、多くのため息がもれたに違いない、と想像して自分を慰めた。

ただし、この不完全燃焼な感覚は、ウールリッチ本人が本作の結末に関して一度はメモに書き記した (ものの、後から本人が消去した) 重要な一文を知れば一気に解消する。未読の方、どうぞご安心を。

夜の闇の中へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)

夜の闇の中へ (ハヤカワ・ミステリ文庫)