(読了日:2016年12月19日)
ジョージ・ハモンド・コークス「キチンときれいに」
エレベーター係のメリーと現金給与運搬中の恋人が箱内で強盗に襲われた。刑事によると彼がこうした目に遭うのは二度目だといい、メリーが動揺している間に彼は連行されてしまう。彼の無実を信じたいメリーがエレベーター内で見つけた証拠とは…
シャーロット・アームストロング「当て逃げ」
当て逃げ (相手の女性は死亡) の証拠となり得る車を何とかして手放したいウォルター。至急土地と車を交換したいという新聞広告を見つけ話に飛びつく。取引相手の様子がおかしく心配になったウォルターが土地を手放したい理由を問うてみたところ… 舞台のほとんどが主人公の自宅で登場人物はたった4人というこじんまりした話だがキレのある展開でスピーディに読ませる。土地の持ち主の落ち着かない様子からなぜ彼がこんな不釣合いな取引を望むのかは想像できるが、主人公がどうやってボロを出すのか?という興味で最後まで退屈させない。
アンドリュウ・ガーヴ「連絡の糸」
身代金目的で誘拐され最上階の部屋に閉じ込められた男の子。その場にある物で何とか外部へ連絡できないかと策を練る。頭に浮かんだのは父から叩き込まれた凧の作り方だった。少年冒険小説風味でワクワクできる短編。頭と足を使って頑張る警官たちが微笑ましい。作品名にある「糸」は手がかりか何かの喩えだろうと思っていたら文字通りに「糸」そのものだった。どす黒い部分がなくてカラッと楽しめる物語。清々しい気分になった。
ドロシー・B・ヒューズ「ディアフォーンの遺体」
英国で荘園領主邸巡りに夢中の女性が訪れた邸の庭先で血の付いた石を手に立ち尽くす知人とその足元に転がる死体に遭遇。すぐに現場は観光客に知れて大騒ぎに。なんと例の知人はこの邸の主人であることが判明。なぜ彼は凶器を手にしていたのか。
A・H・Z・カー「女心を読む男」
顔立ちや服装などの外見から女の性格や境遇を言い当てることのできる独身男ミリケン。初めは話半分で聞いていた既婚の友人たちもいつしかミリケンの細かすぎる説明に引き込まれていくという話。これをミステリに分類するのはどうなのか。オチが雑で雑で困った。
エイヴラム・デイヴィッドスン「ある拳銃」
貸部屋で稼ぐ不動産業者がとある借主の恋人に財布と拳銃を奪われた。その拳銃が次から次へと持ち主を変えていき… という話。かなり目立つ伏線の未回収と、だから何?どうなったわけ?と問いつめたくなるよくわからない終わり方が好みではなかった。ひとつのモノが主を変えて転々と… という話は好物なので期待して読んだけど、そのモノがその時々の主を狂わせてはいなかったところが退屈だった。
アンソニー・ギルバート「いたちごっこ」
かつて夫毒殺を疑われた未亡人 (無罪) とその娘が近所に住み始めたが母娘に対する周囲の風当たりは冷たい。主人公は毒殺事件を扱った新聞記事を読み漁り、真犯人が娘ではないかと疑いだす。そんな矢先、主人公の叔父と未亡人が結婚する運びとなって… アンソニー・ギルバートは男性名だが実は女性作家だと解説で読んで納得。女が描く女の闇は中途半端 (もしくは凝りすぎ) なホラーよりよっぽど怖い。
スタンリー・エリン「ゆえ知らぬ暴発」
偶然街で再開した元エリート同僚 (現タクシー運転手) の話を聞くうちに会社の人事方針に対する疑念を植え付けられてしまった男が上司から組織替えの件で呼び出された朝にとった衝撃の行動とは。傑作「特別料理」ほどの鳥肌ではないが十分な後味の悪さ。真実かどうか何の確証もない話を聞いたせいで精神的に追い込まれて最後には狂気の縁にまで達してしまう男の姿は、本作発表当時 (1978) よりも現代の方がより一層のリアリティをもって読み手に迫ってくるのではないかと思った。事件後でも方針を変えずに平然と人員整理する企業もまた怖ろしい。
ハロルド・R・ダニエルズ「銀行から盗む三つの方法」
銀行界全体を揺るがす画期的かつ合法的な金の盗み方を原稿にまとめた無名の作家 & 彼に魅せられた推理小説雑誌副編集長チーム VS. 何とかして出版を差し止めたい市銀行協会委員会 & 弁護士チームの駆け引きを軽めのタッチで描く。
ヘレン・ニールセン「完璧な使用人」
道で拾った100ドルを警察に届け出た失業中のメイド。その正直さが評判となりすぐに新たな屋敷で働くことに。雇い主は評判のよい若手開業医だったが、彼には世間の知らない女性問題があるのだった。読む前と後では「完璧な」の解釈が変わる。女はコワイ。
デイヴィッド・イーリイ「緑色の男」
敵に撃墜された乗組員を救助するプログラム開発のためNYのセントラルパークで誰にも気付かれずに4週間生活するという軍の心理実験に参加した男 (世間と関わらないように頭部が緑色に染められている) は、徐々に孤独と軍への疑念に苛まれて病んでいく。そもそも、4週間誰にも知られずに生活する間の心理状態を調べることが、撃墜されながらも生き延びた乗組員を救助する際に利用するプログラム開発に、一体どんな効果をもたらすのかがわからなくて、最初からうさんくささでいっぱいだったから、この主人公は見捨てられたのだとわかってしまった。残念。
ジュリアン・シモンズ「春咲く花」
隣家に滞在中の妙にとっつきにくい謎めいた男、深夜に聞こえてきた大きな悲鳴、庭先に何かを埋めるような不審な物音、隣家夫妻の急な退去、彼らとの思いがけない場所での再会… を主人公が回想。主人公が悟った真相を読んで納得できるかで評価が分かれる作品。安楽椅子探偵ものがピンとこないタイプなので、事件のすぐ側にいた人間が頭の中で「ああだったのだろう…」と推測する場面で終わる物語もやはりピンとこない。
ネドラ・タイア「安息の住みか」
若い頃から快適な住まいに憧れながらもそれに恵まれず、住み込み看護婦 (正式な資格を持たず雇い主から足元を見られていた) として人の家を転々とする女性がようやく辿り着いた夢のような住みか。そこを出ねばならなくなった時に彼女がとった驚きの行動とは。お上品な口調で語るボロ屋暮らし遍歴。手癖が悪いのに雇い主には妙に忠実。某所での生活を本気で大喜び。一人称で小出しされる各エピソードの連なりが全体のちぐはぐさを強めており、それがユーモラスでもあり不気味でもある。他ではなかなか出会えない独特の雰囲気。ゾッとするはずのラストまで軽妙。
フローレンス・メイベリー「帰らぬ夫」
夫が一週間前に姿を消して途方に暮れる妻。仕事で世界中を飛び回る測量技師で、生活のあらゆる面に変化を好む性格の夫はいつしか他の女に気持ちを移して妻の元を去っていった。妻は夫が代理店で買ったものと行き先が同じ航空券を手に入れて彼の後を追うが… 風景や事象の描写が過剰で流れが緩慢。もどかしさに耐えられず途中からは流し読み。焦点がぼやけてしまったサスペンスだと感じた。
トマス・ウォルシュ「代価」
有力者との癒着を追及されないようにケガを装ってしばらく前線を離れていた警部。甘い汁を吸って良い暮らしを手に入れた一方で彼が永遠に損なってしまったものとは。回収できない点が複数あって消化不良。時間の流れが曖昧な展開が性に合わず。
ドナルド・E・ウェストレイク「これが死だ」
一行目で引きずり込まれ、読後は一時的な不眠に。執筆時の作者に満ちていたと思しきエネルギーが活字から滲み出て圧倒される。自殺した男の魂がなぜか部屋から抜け出せず事後の全てを見聞きできてしまう悲劇。1979年MWA賞/最優秀短編賞候補。あんな終わり方をする短編は後にも先にもないのではないか。前衛的?実験的?ぴったりくる言葉がわからない。とにかく衝撃だった。傍点の使い方も素晴らしい。
パトリシア・ハイスミス「大統領のネクタイ」
何かに憑かれたように蝋人形館を強く愛する男 (屈折した中年男性を想像しながら読んでいたら18歳だった!) による盗みそして殺し。なぜ警察もマスコミも自分のしたことに気付かないのか。それが徐々に彼のストレスになってゆく。不気味な心理。ハイスミスに限らずだけど、何かをすれば気が晴れると思ってしたのにその何かではちっとも満足を得られなかった場合に不満足の理由を問うという発想が生まれない人間を描いた作品は怖さが大きい。次は何をするがいいだろうか?の方向へ思考がどんどん進んでしまう人間がズブズブと沼に嵌る姿。
マイケル・ギルバート「ジャッカルと虎」
どうにもこうにも読みにくい。話の軸を把握するまでに時間がかかりすぎて興が削がれてしまった。残りは単なる消化読み。ピンぼけの写真・ひとつ音がずれた和音・口の動きと声がずれた映像のように技術的な意味での心地悪さを拭えず。犯人に悲劇が訪れる (心臓発作など) と確信している探偵があえてそうなるように仕向けて (容疑の内容を畳み掛けて発作を誘発するなど) 終了する短編に触れる機会が何度かあったけれど、どんなに犯人が悪いことをしてきたとしても私刑はダメでしょ、と毎回必ずいやぁな気持ちになってしまう。
ロバート・トゥーイ「八百長」
親しくしている競馬場の警備員から出来レースの話を聞いたタクシー運転手がなけなしの金を賭けてレース見物に臨む。レースの結果やいかに。はてさて、これのどこがミステリーなのか教えてほしい。ダメ男が競馬で◯◯だけの話じゃないですか。80年代微妙説浮上。
エドワード・D・ホック「一瞬の狂気」
またしても好みの味ではなかった。こうもピンとこないものが続くと自分の感性が若干心配になってくる…
ルース・レンデル「狼のように」
いわゆる奇妙な味。劇団員コリンは母が作ってくれた毛皮の着ぐるみに身を包んで狼のように振る舞うことにこれ以上ない自由と喜びを感じる人間。婚約者が母を目の敵にして結婚話がなかなか進まないのが悩み。ある日、狼ごっこに没頭していると母が急に帰宅して…
クラーク・ハワード「高原」
抽選で権利を得た狩人達から追われることになった北米最後の生き残りのバッファローと、亡き最愛の妻が愛したその気高い動物を安住の地へと導くために命を賭ける男。義父がボソッと口にする「高原」の意味が胸に沁みる。スローでセンチな面がやや難だが粋な台詞が◎。思っていたほどの悲劇ではなかったけど、かと言ってハッピーエンドとも言えない、グレーな後味でした。
ピーター・ラヴゼイ「次期店長」
精肉店オーナーが自分の店の冷凍貯蔵庫に閉じ込められ凍死しているのを、店長から冷凍肉の準備を命じられた見習い店員が発見。長年ろくに休みもとらず愚直に勤めて続けてきた老店員の姿がその日に限って見当たらない。しかし店長には彼の行方に関して心当たりが… そこそこツイストが効いていて面白かったけど、未だに納得いかないのはなぜタイトル (The Butcher) を「次期店長」にしたのかというところ。作者はそこには重点を置いてない気がした。
ジェイムズ・パウエル「四銃士」
それぞれ個性的な魅力を持つ四人の男と高校時代から親しくしてきたバーバー。彼に転機が訪れるたび、まるで身を捧げてくれたかのように友人が一人ずつ死んでいく。不仲になった妻の心を取り戻すにはモテ男の友人が死ねばいいと気付いたバーバーは行動に出るが… 「なぜこの場面を最初に書いたのか」の疑問が頭にこびり付いて本筋に集中できなくなるから、書き出しで時系列を捻ってくる短編は苦手。主人公が行動を思い付くまでがとにかく長い。延々と続くかに思われる友人の特徴の説明や思い出話で軸がブレる感覚。その先にある夫婦物のどんでん返しもありきたり。
ロバート・バーナード「転機」
幼い頃から母親と貧しい二人暮らしのところ、失業という苦難をさらに背負うことになったスティーヴ。あわよくばもう一つのわが家か仕事の口利きでも…と期待をしつつ、かつて自分を捨てて出て行った父の家を訪れるが、何も期待できそうにないと悟ったスティーヴは… 途中で出てくる小道具とその使われ方からドロッとした「転機」を想像していたけど、まったく違う着地点へ行ってしまった。もっとどす黒いエンディングの方が中身が活きそうな雰囲気だったけどな。
ジョージ・バクスト「これぞチャーリー」
女にモテまくる色男チャーリーを苦労の末に夫としたアリスだったが度重なる彼の浮気には閉口気味。ある日、アリスはチャーリーを家に残し、友人に誘われて参加を決めた"神おろし"の儀式へと向かう。アリスが見守る中、霊媒師の体に降りてきたのは何と… 夫の浮気には悩みながらも自分は自分で友人とのランチなどを楽しむドライなところ、か細い印象でもいざとなると肝の座ったところのあるアリスは90年代間近の設定によく合うキャラクター。彼女が最後に放つ一言がキリッと効いて全体を引き締めた。本作は読みやすくてそこそこ楽しかった。
サイモン・ブレット「変身願望」
締めくくりの一編がまさかのどストライク。主人公の人間性が非常に丁寧に描写してあるため、彼の屈折しきった複雑な心根が手に取るようにわかる。人を利用し倒す悪人ぶりが潔くて時にコミカル。読み進めるほどに面白さが加速する佳作。同性愛が重要なポイント。
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