Aira's bookshelf

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書棚の片隅でコーネル・ウールリッチ愛をささやく

コブラの接吻 (1935)

Story

主人公チャーリーは殺人課所属の刑事。体調不良のため上司から長期休暇を取るように言われ、妻と義弟と一緒に山荘で時を過ごしている。そこへ妻の父親が再婚相手のベーダを連れてきた。彼女はアジアの血が入っており、どことなく蛇を連想させる不気味な様子をしていた。晩餐の後、暖炉のそばで身を寄せ合いながら異様に長いタバコを吸おうとしている新婚夫婦を残して、チャーリーは二階の寝室へと引き上げるが…

Aira's View

創元推理文庫の短編集を中心にいくつものウールリッチ作品を読んできたが、これほどノワールなものは思い出せない。得体の知れない異国の香りに対してチャーリーが覚えた漠然とした恐怖がはっきりとした形をとった時、チャーリーとベーダによる命を懸けた対峙が始まる。ハードボイルドな要素に加え、刑事=サディスティックというウールリッチお得意の設定も持ち込まれ、物語は緊迫度を増してゆく。短い文章をリズムよく配置して読者に畳み掛けるように描写を続ける手法が疾走感を生み出し、終盤の見せ場のスリルを最大限に高めている。当時、徐々にウールリッチの筆力がミステリ寄りに磨かれつつあったことが伝わってくる作品。

原題:Kiss of the Cobra
訳者:高橋 豊 

 

スクリーンの中の女 (1934)

Story

脅迫状を頻繁に受け取るようになった女優マーサ・メドウズの身辺警護を命じられたガルブレイズ刑事は早速撮影所へと足を運ぶ。撮影中も彼女から目を離さなくて済むようにメドウズ主演作の監督に協力を依頼するが、ガルブレイズの隙をついて監督がスタジオを閉め切って撮影を始めてしまい…

Background

1923年11月29日、米テキサス州サンアントニオのロケ地にて "The Warrens of Virginia" (1924年公開、サイレント作品、邦題「自由の旗風」) の撮影作業が進む中、女優マーサ・マンスフィールドが自ら所有する車へ戻ろうとした際、衣装のフープスカートにマッチの火が燃え広がって火だるまとなった。共演者ウィルフレッド・ライテルがとっさに自分の着ていたコートで彼女の頭部を包んだため、顔と首は焼けずに済んだものの、それ以外の部分に重度のやけどを負ったマーサは、翌30日に24歳という若さで亡くなった。別の共演者フィリップ・ショーリーに付き添われ、マーサはニューヨークの自宅へ無言の帰宅をしたという。問題のマッチはマーサの車へ投げ込まれたとの証言がある一方、マーサが撮影中の緊張をほぐすためにタバコを吸おうとしたのではないかという説もあるが、後者についてはマーサの母親が「マーサはタバコの煙が嫌いだった」と否定しており、真相は謎に包まれたままである。(Wikipedia などを参考に Aira がまとめました)

Aira's View

台本のことで頭がいっぱいで事件を受け止める気配のまったくないロボットのような台本係や、弱点を握られた途端に態度を180度変えて自分よりも有利な立場にある人間に追従する映画監督など、ウールリッチが1928~31年を過ごしたハリウッドでこういう人間を実際に見てきたのだろうと思わせるような現実味とクセを備えた登場人物が物語を味付けする。

刑事が権力や暴力の象徴として描かれることの多いウールリッチ作品にしては珍しく、人間味の感じられる刑事を主人公にしている。女優という職業に対して偏見で凝り固まっていたガルブレイズが出会ってすぐに二言三言の会話を交わしてマーサと打ち解け、彼女を生身の人間として扱い始める過程を描いた部分が特に気に入った。ガルブレイズと上司のサバサバとした何でも言い合えるドライな関係の描写もよい。

原作者・脚色家として何度か映画製作に関わったのに一度もクレジットされることのなかったウールリッチ (字幕製作者としてアイリッシュという人間がクレジットされたことはあるが、それがウールリッチであるという確かな証拠はない) がハリウッドという世界に抱いた恨み辛みがちらりと見える部分も。

原題:Screen Test
訳者:高橋 豊 

悪夢 (ハヤカワ・ミステリ 776)
 

 

死の治療椅子 (1934)

Story

歯痛に悩むロッジは腕のよい歯科医である友人スティーヴの元を訪れるが、先に来院していた貧しい身なりの患者が治療中におかしな唸り声を上げたあと急死してしまう。調べによると死因は致死量ちょうどの青酸カリ。スティーヴが容疑者として警察に連行されるのを目の当たりにしたロッジは、その友人の潔白を証明するために警察をも巻き込んだ大きな賭けに出るのだった…

Aira's View

邦題の字面が醸し出すおどろおどろしい雰囲気はどこにもなく、男二人の絆を楽しめるわかりやすい人間ドラマ。親友スティーヴを救いたい一心のロッジが身体を張って真実を求める姿に胸が熱くなる。向こう見ずとも言えるロッジの勇気をしっかり受け止めるスティーヴもまた魅力的。警察が頼りない (アイリッシュ作品ではおなじみ) おかげで、何の規則にも縛られず自由に行動する素人探偵の冒険を楽しむことができる。願わくば、敵役の内面描写がもう少し欲しかった。結末はあとひとひねりあってもよい気がするが、解決直前の緊迫感はなかなかのもの。

Aira's View 再び (ややバレ)

コーネル・ウールリッチ初の犯罪小説であるとの認識を持った今、改めて読了した。手慣れた様子で書かれているように感じた。臨場感いっぱいのスリルが出色。素人探偵ながら非常に機転が利くロッジが自分にできうる最高のパフォーマンスを発揮して歯科医の友人を救う。友のために命も張れるけど… のオチで一気に和む。最初はやたらと暴力的だった刑事がロッジに徐々に信頼を寄せていく過程にも味がある。バディものが好きな読者におすすめしたい一編。

 

原題 : Death Sits in the Dentist's Chair
訳者 : 村上博基

 

【読書ログ:番外編】忘れがたい短編いろいろ

(最終更新日:2017年4月18日)

2015年秋から、たくさんの海外ミステリ短編を読んできました。その数およそ500以上 (ショートショートも含む) 。こうして多くの作品に触れるうち、気になる作家や作風が徐々にわかり始めてくるのもまた面白い手応えのひとつですね。

200ページ書き込める読書ノートを2冊使い終わった段階で、今までに読んできた作品をざっと振り返ってみました。作品名を見るだけで読んだ時の衝撃がはっきりと蘇ってくるほどに強い印象が残っているものが結構あるんですね。それをこのページにまとめておくことにします。

好きな作品が似ているなぁ… とお感じになられた方、ぜひ記事の右下にある「コメントを書く」もしくは Twitter からお声掛けください。おしゃべりできたらうれしいです。

 

ロバート・バー「放心家組合」

ロード・ダンセイニ「二壜のソース」

ドロシー・L・セイヤーズ「疑惑」

ヒュー・ウォルポール「銀の仮面」

 

フィリップ・マクドナルド「殺意」

デイヴィッド・アリグザンダー「優しい修道士」

アーシュラ・カーティス「転地」

ロバート・ブロック「標本」

ドナルド・E・ウェストレイク「これが死だ」

ジェイムズ・グールド・カズンズ「牧師の汚名」

オリヴァー・ラ・ファージ「幽霊屋敷」

アーサー・ミラー「ある老人の死」

ローレンス・G・ブロックマン「イニシャル入り殺人」

アンドリュー・ガーヴ「ダウンシャーの恐怖」

イーヴリン・ウォーディケンズを愛した男」

アントニー・バウチャー「QL 696・C9」

テリー・カー「試金石」

ジョン・スタインベック「M街七番地の出来事」

ロジャー・ゼラズニイ「ボルジアの手」

エミール・ガボリオ「バチニョルの小男」

ロバート・L・スティーヴンスン「クリーム・パイを持った男の話」

ニコラス・カーター「ディキンスン夫人の謎」

エドワード・D・ホック「二十五年目のクラス会」

フェイ・ケラーマン「ストーカー」

ジョナサン・ケラーマン「愛あればこそ」

ロバート・L・フィッシュ「複式簿記

イリアム・P・マッギヴァーン「ウィリーじいさん」

イリアム・F・ノーラン「黒い殺意」

チャールズ・ノーマン「アヒルのかわりに」

ゲイリイ・ブランドナー「流れ弾丸」

トマシーナ・ウィーバー「果てしなき探索」

ヘンリー・スレッサー「走れ、ウィリー」

アーネスト・ブラマ「ナイツ・クロス信号事件」

フィリップ・マクドナルド「夢見るなかれ」

 

【特別枠】
  ウィリアム・アイリッシュ
「チャーリーは今夜もいない」
「殺しの翌朝」
「じっと見ている目」
「死ぬには惜しい日」
「命あるかぎり」

ビル・プロンジーニ編『エドガー賞全集 (上) アメリカ探偵作家クラブ傑作選 (6) 』

(読了日:2017年4月14日)

エラリイ・クイーン「気ちがいティー・パーティ」
イリアムアイリッシュ「晩餐後の筋書」
ローレンス・G・ブロックマンなまず物語」

魚類学者ジョナサン・スミス宅の階段に男の死体が転がっていた。ジョナサンは夢遊病者ゆえに自分の犯行に違いないと告白するが、リッター刑事が馴染みの病理学者とともに死体の調べを進めていくと… 平凡な事件の捜査に夫婦愛のスパイスを一振り。

ジョン・コリア「夢判断」

ビルの39階から毎晩一階分ずつ落下していく夢を見る青年チャールズ。昨夜は精神科医が入居する2階を通過した。その時チャールズの目に飛び込んできたのは自分の婚約者が精神科医の膝の上に座っている姿だった… 発想は独創的なものの、すぐにオチが読めてしまう。

フィリップ・マクドナルド「おそろしい愛」

劇作家シプリアンは舞台装置家アストリドを発作的に殺してしまう。その後、独房で過ごす彼を支えたのは親友チャールズが南米から帰国次第どうしかして彼を助けてくれるに違いないと信じる気持ちだったが… 作品名の意味が明かされる結末に驚愕する。ヒタヒタと怖い作品。シプリアンの内面がなぜ突如としてあんな風に崩壊してしまったのかがわからず、話がどういう方向性を持っているのかがなかなか見えてこなかった。常に頭の半分に疑問符が浮かんでいる状態で読み進めたけれど、そのせいでむしろ最後にガツンとくる衝撃が大きく感じられたのかも。

ロアルド・ダール「おとなしい凶器」
スタンリイ・エリン「パーティの夜」

舞台俳優のマイルスは週8回の主演舞台、愛情でがんじがらめにしてくる妻との暮らし、好きでもない仕事仲間を招いて日々開かれるパーティ… そういったものすべての繰り返しを憎み、愛人との逃避行を計画していたが… エリンにしては毒気が弱く感じられた。

フィリップ・マクドナルド「夢みるなかれ」

ジョンは大好きな国語教師ギャビンを連れて母が一人で暮らす家に帰る。息子だけ帰ってくると思っていた母は失望を隠せずギャビンに対して無礼な態度をとる。そんな母にジョンはいかにギャビンが大切な存在かを聞かせ… 不穏な三角関係の末路はいかに。マクドナルドは、男性二人の関係に (はっきりとは表現しないけれども) 同性愛を匂わせることが多かったのでしょうか。たまたま二作そういうものが続いてエドガー賞を獲っただけかしら。他にも読んでみたくなりました。

スタンリイ・エリン「ブレッシントン計画」

トリードウェル氏の事務所にバンスなる見知らぬ男が急に現れ「われわれ老齢学協会があなたの問題を解決します」と申し出る。初めはバンスを追い払おうとしていたトリードウェルだったが、話を聞くうちに彼の言う「問題」に思い当たる節が出てきて… 1956年に書かれたとは思えないほど現代の高齢化社会に蔓延る問題を鋭く言い当てているところがまずゾッとする。トリードウェル氏が終盤で覚える不安は残念ながらいつか現実のものとなるであろうという暗示が非常に前向きな言葉で表現されているところも不穏でよいが、いま一歩怖さが足りない印象。

ジェラルド・カーシュ「壜の中の謎の手記」

カーシュが数年前にメキシコで買った赤色の壜の中には細い葉巻のような文書が入っていた。近代文書研究家いわく、アメリカの作家アンブローズ・ビアスの絶筆に違いないとのこと。その文書にはビアスがある人の住まいで受けた恐るべき歓待の様子が… 実際に謎に包まれたままのアンブローズ・ビアスの消息を上手くフィクションに仕上げたが、たいていの日本人にはそれほど新鮮味のないオチで終わる。子どもにも馴染みのある有名な本で似たような結末のものがあるせい。

イリアム・オファレル「その向こうは——闇」

高級マンションに住む裕福な女性ミス・フォックスはエレベーター係のエディがお気に入り。愛犬の散歩を週5ドルで頼んでいた。しかしクリスマスに20ドルを弾んで以来、エディの態度に変化が現れる。ついには部屋まで押しかけてくるようになり… 他人の気持ちや生活を思いやる力に乏しく、ただ自分がよい気持ちを味わうために人に施しをする金持ち女性を待つ黒い運命。誰かに親切にするには大きな責任を覚悟する必要があるのだと痛感。悪意はなくとも中途半端な善意は残酷なものになりうるのであり、場合によっては相手の人生まで変えてしまう。いろいろと考えさせられました。

ロアルド・ダール「女主人」
ジョン・ダラム「虎よ」

高校生の娘の恋人リンクの撃ったライフルの弾が頭をかすめた出来事 (本人は標的撃ちの最中に足が滑ったと言い訳) 以来、彼を性格異常者であると睨んで目の敵にする高校教師のジョン。授業中の態度が悪かったリンクを注意したことで恨みを買い、またしても命を狙われ… 娘をめぐって父親と恋人が息詰まる対決を繰り広げる。父親の大人気のなさが少々気になるが、恋人の他人を喰ったような生意気な態度とエスカレートする殺意の不気味さがそれをカバーする。

エイヴラム・デイヴィッドスン「ラホーア兵営事件」

主人公が立ち寄った酒場で、年配の男が昔インドのラホーアに駐屯していた頃の思い出話を始める。一人の美しい女性をめぐる三人の軍人による駆け引きとその汚れた結末。そして、その思い出話と主人公との意外な関係。これと言った魅力は感じず。

デイヴィッド・イーリイ「ヨット・クラブ」

メンバーも活動内容も全くの謎に包まれているにもかかわらず、社会で大きな成功を収めた者たちがこぞって入会を希望する秘密めいた「ヨット・クラブ」に興味津々の事業家ゴーファス。クラブについて密かに情報収集を進めるうち、一人の老人と出会い… 以前「緑色の男」を読んだことのあるイーリイ。その時にも感じたように今回もまた何とも形容しがたい奇妙さがあった。これが乱歩のいう「奇妙な味」の最たるものなのだろうけれど、わたし自身が堪えられない類の「奇妙な味」からは外れていて、非道徳的なオチにもそれほどゾクッとはしなかった。

パトリック・クエンティン「不運な男」

ハリイは結婚当初より妻ノーマから受けた恩恵の数々をとうの昔に忘れ果て、今は彼女に対する憎悪と殺意で頭が一杯になっている。妻にはない魅力を備えたフランシスと結ばれるため、いよいよ妻の殺害計画を実行に移すが… 既読のパトQでは格別の面白さ。